第10話 判決・モダン焼の刑
月曜日は、合奏といって顧問の先生が指揮台に立って部全員で曲を演奏する日だ。 普段はパート練習や個人練習だから、みんなで演奏する機会は案外少ない。
担当するバスクラリネットはクラリネットよりも音域が1オクターブ低く、低音楽器に分類される。 それ故に、伴奏に当たるところを担当することが多く、一人で吹いていても大抵何の曲だかわからない。 要するに地味な楽器で、縁の下の力持ちなわけだ。
先週配られた楽譜は手書きで、いつものように出版社からの発行物ではなかった。 タイトルも『文化祭用音楽』とパート名しか書いておらず、なんの曲なのか想像がつかない。 メロディなんて載っていないから、地味なロングトーンやリズムラインの練習を繰り返していた。
曲の全容がいよいよわかるのが、今日の合奏なのである。 タイトルにある通り、再来週に控えた文化祭では吹奏楽部はコンサートを開く。 吹奏楽をやっている中学生なんかは、受験の目標にもなっているみたいで、大勢聞きに来るらしい。
今回の曲目は、世界的に有名なネズミのマーチと、手書き楽譜の曲のようだ。 ネズミのマーチは、ほとんどの楽器でソロ部分があるため、楽器紹介にうってつけ。 そのため、バスクラリネットにもソロがあるのだ。 引退した3年生と俺が担当だったバスクラリネットは、俺がソロパートを吹くことになる。 今までソロなんて吹いたことがないから、緊張してしまう。
先生が部室に入ってきて、部員全員で声を上げる。
「よろしくお願いします」
準備中の緩んだ雰囲気が、一気に緊張する。
先生が指揮棒を構え、振り上げ、振り下ろす。約60の楽器が震え、各々の音を奏でる。それがハーモニーとなり、部室の壁で跳ね返って自分の耳にも入る。
(やっぱり、合奏は楽しい! )
いま演奏しているのは『文化祭用音楽』なのだが、テンポは速めで明るい楽しい曲のようだ。 ダンスでも踊れそうな雰囲気である。 どこかで聞いたことあるような気もするが、ピンと来ない。
途中で、変調する。
今度はスローダウンして、バラードのようだ。 文化祭コンサート向けに、有名どころの曲をメドレーにしたのだろう。 曲の最後まで通して、先生が口を開く。
「3年生が引退して最初のコンサートだな。2年は最上級生として引っ張っていく気持ち、1年生はもうすぐ後輩が入ってくることを自覚して取り組もう」
心構えのほかに、文化祭コンサートの段取りが説明される。 手書き楽譜の曲は、最後までいっぺんに通すのではなく、合間にイベントを挟みながらやるとのこと。 メドレーで次の曲への繋ぎがなかったのはそのためなのだろう。
先生が再び指揮棒を構え、ネズミのマーチを通したところで今日の合奏は終わった。 来週はコンサート前なので合奏が増えることだけ連絡を受けて、パート練習へと解散した。
「お好み焼きでも行こうぜ」
吹奏楽部の数少ない男子部員たちは、近所の行きつけの店にやってきていた。トランペットのノッポ、ユーフォニアムのシャー、オーボエのトヨトミ。みんなそれなりの個性を持つ愉快な仲間たちだ。 ちなみに俺はダイチ。 名前そのままでちょっとつまらない。
「ダイチ、日曜日どしたん? 珍しく来なかったじゃん」
来なかったというのは、わりと日曜日にノッポの家に集まっているからの発言である。 ノッポの家はとても広く、防音室まであるため楽器を持ってセッションをしたり、新しいCDを爆音でかけたりして楽しんでいる。
「ああ、高尾山に駆り出されててな」
「珍しいことしてんな」
「ついにインドア派卒業か?」
「んなわけねーだろ。 でもたまにはいいな。 ケツみたいな形した杉の木とかあったぞ」
「なんだそれ。 写真とかねーの? 」
あるぞ、とスマホをいじって、杉の木の写真を見せる。
スマホを次々に渡しながら、爆笑が伝染していく。 そんなに面白いものじゃないかもしれないが、高校生なんてそんなものである。
そんな時、ノッポが急に静かになった。
俺のスマホはさっきと逆回りでリレーして、今度は静寂が伝染していく。
「被告人、菊野大地。判決を言い渡す」
「え? いきなり何だよ? 」
裁判長らしきノッポは首を左右に振る。
「被告人のスマホをモダン焼きの刑に処する」
「だーっ!やめろやめろ」
「じゃあダイチ説明しろ! これを! 」
トヨトミが鉄板の上に広がる生地の中にスマホを近づける。慌ててスマホを取り返すと、そこには美少女と手を繋いでいる被告人が映っていた。
「・・・合成写真アプリ? つーか他の写真見るなよ! 」
「逆ギレか? ならば死刑」
声を揃える3人に思わず苦笑いする。
「誰だよ、その子」
「手なんか繋ぎおって。 付き合ってんのか? 」
相手が誰かまでは分からなかったらしく、少し安堵する。これが岬千春だなんてバレたらどんな目にあうことか。
「よし、今日はダイチのおごりな」
「ええー!? 」
「拒否権はない」
ぐぬ、と唸るもこれ以上の追求を受ける方がダメージが大きそうなので、甘んじて受け入れることにしたのであった。
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