第41話 打ち上げ


「かんぱーい」





 といっても、先生以外はみんなソフトドリンクだが。

 無事に演奏会が終わったことを祝して、焼肉屋さんに集まったのだ。


 打ち上げと称して行われたこの食事会では、アンケートの結果発表や懺悔大会なんかもやるらしい。




「さぁ、打ち上げもすみれちゃんが司会だよーっ! 実は司会の立候補も、この打ち上げの司会を狙っていたと言っても過言ではない! みんな覚悟はいいかー!? 」


 おーっ!と野太い声と黄色い声が混ざる。 佐藤先輩はこうやって盛り上げるのがとても上手い。


「菊野くん、あんたそこで何やってんの! こっちこっち。 はい、順番に渡してくからこれ読んで」

「あれ、佐藤先輩、俺も司会側なんですか」

「すみれって呼べっつったでしょ! 」


 のそのそと佐藤先輩の脇にいった俺は、バーンと背中を叩かれる。


「いってぇ! 何ばしよっとか! 」


 おきょんが練習していた博多弁が頭に残っていたので、それでツッコミをいれる。 部員達は爆笑だった。

 仕込みなの?と聞かれたが、完全にアドリブである。


「はい、これ読みなさい」

「かしこまりました、すみれ先輩。 不肖、菊野大地、読ませていただきます」

「丁寧すぎてなんかムカつく」


 みんな笑い続けていたが、受け取ったアンケート結果を読み上げることにする。


「では〜、パート別『一番素敵だと思ったパート』ランキング第3位! 」

「トロンボーンパートです! 」

「なに〜!? 菊野くん、あんた1位と間違えてない!? 」

「いやいや、だってこれ3位って――」

「ホントだ――。 じゃ次、2位」

「テンション下がりすぎです。 えっと2位は、サックスパートです! 」


 イェーイ、と窓際に陣取っていたサックスパートが盛り上がる。 残すはあと1位のみということで、ほかのパートからのプレッシャーがすごい。


「では気を取り直して、ランキングの続きにいきましょか!」

「気を取り直すの2位の発表前にしといてくださいよ」


 もはや漫才のようになって、ツッコミの度に笑いが起きる。


「ええから、はよ1位の発表いってーな」

「ほな行くで」


 もうどうにでもなれ、とエセ関西弁で発表を続けた。 喋るだけで漫才っぽくなる言語ってすごい。


「クラリネットとパーカッションが同率1位です! 」


 やったー!と大喜びの両パート。 何故そんなに喜んでいるのかは、佐藤先輩から説明された。


「じゃ、来年のパート練教室決めは、クラ、サックス、トロンボーンの順ね。 あー、和室欲しかったなー」

「あれ、パーカッションはないんですか? 」

「パーカッションはいつも部室じゃん。 移動できないし」

「あ、そうか。 そうでした」


 来年度のパート練習の場所は、定期演奏会のアンケートによって決められていたとは知らなかった。


「じゃ、次は個人賞! 先生!紙ください! 」

「ん、いや。 個人賞は俺から発表しよう」

「え? どうしてですか? 」

「ちょっとな」

「それじゃ、先生発表してください! 『一番輝いていた人』ランキングお願いします! 」

「じゃ3位いくぞ。 3位、佐藤すみれ」

「えーーーっ!? 」


 60人以上いる部員の中で3位なんだから、充分すごいのに何故か不満げな佐藤先輩であった。


「はい、受賞の言葉をどうぞ」

「うーん、MVP狙ってたのに悔しいです。 あ、それで先生が発表ですか」

「そういうことだ。 この後の発表が酷いことになりそうだからな。 ちなみに、コメントだが、『ちっこくてかわいい』『一家に一匹欲しい』なんかがあるな」

「ウチはペットじゃなーい!」


 先生が読み上げたコメントはいずれも小動物のような扱いで、佐藤先輩が憤慨する。 そんな姿もお構いなしで先生は発表を続けた。


「では、次、2位は、鈴木礼央」

「ぐわあああああ! マジかああああ」


 悲鳴をあげた鈴木先輩は、第1部のポップスステージで演歌を披露していた。 その歌唱力は凄まじく、吹いていて聞き惚れてしまうほどだった。 お客さんもどよめいていたから、余程うまかったのだろう。


 悲しみに暮れる鈴木先輩の姿に、部員たちはみな爆笑している。


「ほら鈴木、受賞の喜び――はなさそうだが、言葉をどうぞ」

「1位以外は全て同じです。 ――無念」

「もっと喜んでいいんだぞ。 コメントは、『本物の演歌歌手かと思いました』『上手いけど暑苦しいです』といったところだ」

「暑苦しってなんですかー! うわああああ」

「そういうところだろうな。 さて、では今年のMVPを発表するぞ。 ――MVPは、菊野大地! 」

「へっ? 」

「菊野、お前だ。 アンケート人気ナンバーワン。 受賞の喜びをどうぞ」

「本当に俺なんですか? 司会もセリフ飛んだりしてヘボかったのに。 あ、でも本当なら嬉しいです」

「ちなみにコメントは『一生懸命でかわいい』『恋が実るといいですね』『バスクラ のソロ、エロい』という感じだな。 やっぱりあの愛の告白紛いのが、インパクト強いみたいだぞ」

「あ、えっとあれは間違えただけでして――」


 と言い訳をしていたところに、佐藤先輩のつんざくような高い声が響いた。


「あー! わかった!! 終わったあと、ロビーで一緒に居た子でしょ!? 」

「ちっ、違いますヨっ」

「声裏返ってっけど」


 佐藤先輩には美咲といるところを目撃されていたらしい。 とはいえ、それを大々的に言わないでほしい。 恥ずかしいことこの上ない。 みんなの視線がこっちに集中する。



「こら、佐藤。 悔しいのはわかるがその辺にしとけ。 菊野もよく頑張ったし、お客さんに伝わって良かったな」

「はい、ありがとうございます」

「おーし、そいじゃみんな食え! 」


 先生から指令が下されたので、クラリネットパートの集まりに戻っていくと、みんなが拍手で迎えてくれた。


「菊野くん、二冠じゃん! 」

「いえーい! クラパにかんぱーい!! 」

「もうウチのパートのエースだね」

「いや、音楽でエースってなんすか」


 けらけらと笑いながら喋っているのにツッコんでいると、ノッポやシャーたち1年男子組がやってきた。


「ダイチ〜おめでとさーん」

「おう、ありがとさん」

「それにしても、ダイチ、愛する人ってのは思い切ったな」

「だから、セリフ飛んで間違えただけだっつーの」

「春山さん、だっけ? 7組の」

「おまっ、なんで知ってんの」

「ダイチあの子と一緒にいるとき顔違うもん。 コクらないの? 」

「――明日、するつもりだよ」


 おおおっ、と叫ぶノッポたちに周りの注目が集まる。


「ちょ、おい、お前ら」

「あ、悪い悪い。 思わず興奮しちまった」

「明日、あれかホワイトデーか」

「まーな。 もういいだろ、あっち行けよ」

「テレちゃって、もう。 がんばれよ」

「あいよ、ありがとな」



 ノッポたちに話して決意を思い出す。 さっき『彼氏じゃない』の言葉でちょっと自信が揺らいでるが。



(――明日、美咲に伝えるんだ)



 そう考えると、ある意味、定演よりも緊張してくるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る