第42話 勝負の日
演奏会で興奮していたのもあるし、告白のことを考えて緊張していたのもあるしで、昨日寝付いたのは随分と遅い時間になってしまった。
眠い目をこすりながら教室に入ると、クラスで一番のイケメン藤原くんがキャンディの詰め合わせらしきものを配り歩いていた。 モテる男も大変そうだ。
席に着くと、隣ではピンクゴールド……ではない、シルバーの眼鏡をつけた美咲がいた。
「おはよー、どしたの眼鏡」
「おはよ。 ちょっと昨日壊しちゃって」
「あんたよくわかるね。 さすがはMVP」
「矢口もいたのか。 つーか、なんでMVPの話知ってんの」
「もりりんに聞いたの。 今日一緒に来たからさー」
「もりりんって誰だ? 」
「森里りんよ。 知らないの? 」
「森里さんなら知ってるが、いきなりニックネームで言われても知らんわ」
「ねえ友紀、MVPって? 」
きょとんとした顔で話を聞いていた美咲が矢口に聞いた。
「昨日の定演?のアンケートで、MVPだったって」
「説明になってねえ。 昨日来てくれたときプログラムにアンケートあったろ? それの『一番輝いていた人』に名前書いてあった数が一番多かったんだって」
「大地すごいね! あたしも大地に一票入れたよ」
「ありがとう。 正直、MVPとかに興味はないんだけど、自分がやってきたことを評価してもらえたってところは素直に嬉しいね」
美咲に褒めてもらえるのが一番嬉しいんだけどさ、とは言えずに1時間目の支度をする。 プログラミング基礎の授業は、古文と違って眠くならないから助かる。
今日は部活が自由参加だ。 ただ、ホワイトデーだからクラリネットパートへのお返しは渡しておかなければならない。 放課後は美咲と買い物に行くのだから、時間は昼休みしかない。 そう思い、パートリーダーの内山先輩がいる2年生の階までやってきた。
普段通ることのない教室、すこし背が高い人が多い気がする廊下。 とんでもないダンジョンに足を踏み入れた感じがする。
確か内山先輩は2組――あった、と思った時後ろから声がかかった。
「菊野大地くん? 昨日の司会の子だよねー? かわいい〜」
「えっ、あっ、あの――」
「ホントだー。 愛する人の為に演奏したんでしょ? 」
「目の前にいると案外小さくないね」
突如として数人に取り囲まれる。 ちょっと苦手な雰囲気に、息をヒュッと吸い込んで身構えた。 手で持っていた荷物を胸に抱えてしまったのは防衛本能だから許してほしい。
「ちょっとみんななに取り囲んでんの」
「あ、内山先輩、渡したいものが」
助かった、と安堵しつつ抱えていた紙袋を内山先輩に差し出す。 内山先輩もピンときたようで、すぐに受け取ってくれた。
周りの先輩たちは「ウッチーが愛する人?」なんて話してしたが、見当違いも甚だしい。 もしそうでも、こんな公衆の面前で渡すわけない。
「パートのみんなへなんですけど、預けちゃっていいですか」
「いいよー。でも、どうして昼休み?」
「今日、放課後用事があるので」
「ふ〜ん? わかった。 これもみんなでいただくね、ありがとう」
「すみません。 よろしくお願いします」
「いいよいいよ。 それよりも、放課後頑張ってね」
「え? は、はい」
内山先輩は放課後のことがわかっているかのように応援の言葉を口にした。 たった一学年違うだけでこんなにも見透かされてしまうものなのか、それとも内山先輩が察しがいいだけなのか。
ここでのんびりしているとまた他の先輩たちに捕まる。 包囲網が再度形成される前に、小走りでダンジョンから退散した。
「どこ行ってたんだ? 」
「ちょっと魔王倒しに」
「ヒーラーも連れずにか? 本当のところは? 」
「ホワイトデーのお勤めに2年の教室まで」
「なるほど。 しかしなんでわざわざ人が多い昼休みに」
「放課後は用事があんの」
「なんの」
「なんでもいいだろうが。 お前は嫁か」
「大地さんってば、最近冷たいわっ」
ぷっ、と吹き出す音が隣で聞こえた。 矢口がアホな会話に我慢しきれなかったようだ。
「あんたたち相変わらずアホなこと言って。 ウケる」
「んだよ。 山田とお前がリア充に成り下がったいま、俺の仲間は大地しかいないんだぞ。 こうなったのもお前に責任がある」
アホと罵られた田中が矢口に食ってかかる。 ああ、俺も罵られた側だった。
「何よ責任って。 だいたい菊野だって放課後美咲とデートでしょ? 」
「なにーっ!? そうなのか、付き合ってんのか大地!?」
「声がデケェよ。 いやまぁ、美咲と一緒なのは確かだが、付き合ってるわけじゃねえよ。 ――なぁ? 」
美咲の方を見ると、一瞬目があった後、伏し目がちに頷いた。
「へっ? あんたたち付き合ってたんじゃないの? 別れたの? 」
「いやいや、そもそも付き合ってた事実がないぞ」
「えーっ!? ちょっと美咲言ってよー。 勘違いしたままだったじゃん」
「そんな勘違いしてたなんて知らないもの」
付き合ってさえいないのに、別れたという言葉にズキっとする。 付き合うことができたなら、きっとずっと離さない。
結局、矢口の誤解はとけたものの、全く嬉しくなかった。 でも周りからは恋人同士にも見えるということだ、と強引に思考をプラスにもっていく。
俺の気持ちなんてお構いなしに授業は進むし、放課後はやってきた。 告白のことを考えると思考はすべて持っていかれ、授業の内容なんてちっとも入ってこなかった。
「――美咲、行くか」
「うん」
カバンを手にとって教室を二人並んで出た。 緊張していい話題が思いつかないが、とりあえず目的地だけでも決めなければ。
「えっと、どこ行く? 」
「なにかアイデアあるの? 」
「一応。 特に行きたいとこがないなら、電車乗ってモールまで行こっか」
「うん」
二人並んで電車に揺られる。 駅までの間に新しい文房具の話で盛り上がり、どうにか少し緊張がほぐれた。
目的の駅について外に出ると、服と雑貨のお店や、レストランなど、数々の店舗が並んでいる。
美咲から何も案が出てこなかったときに備えて、何個か候補を考えてあったうちの一つを指差す。
「美咲、あそこ。 ふわっととろけるパンケーキ屋さんだって。 どう? 」
「あそこって、雑誌に載ってたとこだよ。 いまならそんなに並んでなさそうだね」
「それじゃ、そこにしよっか」
「うん! 」
食べた後のプランは何も考えてないけど、その場の流れでどうにかなるだろう。
ーーこうして俺の勝負の放課後が始まった。
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