第43話 あたし?
幸せそうに食べる美咲を見ていたら、こっちまで幸せな気持ちになる。 パンケーキをせっせと切っては頬張って、ふにゃんとした笑顔を見せている。
この笑顔がたまらなく可愛いいんだよな、と見惚れていると、美咲が次の一口を食べようかというところで目があった。
「食べる? 」
「ん? お、おう」
「はい、どうぞ」
唐突な質問に思わず答えてしまったが、これはかなり恥ずかしいやつではなかろうか。 フォークに刺したまま差し出されたパンケーキをパクっと頬張る。
ほんのりと温かさを残したパンケーキはふわっとしていて、それが口の中でしっとりに変わる。 甘すぎない生地はフルーツや生クリームとよく合っていて、美咲のあの表情も頷ける。
「うまいな!これ」
「――ね、美味しいよね」
そう答える美咲を見ると顔は真っ赤で、こっちまで恥ずかしくなってしまった。
それもそのはず、店内であ〜んをやった挙句間接キスのオマケ付きだ。
結局、あとでもう一度「食べる? 」と聞かれたが、頷く勇気はなかった。
腹ごなしに歩いていると、ホントにデートみたいだと思う。 雑貨屋さんで立ち止まっては物色しているのを見ると、普段の落ち着いた雰囲気とは少し違って、ウキウキとした感じが見て取れる。
広く取られたガラスの採光部からは夕日が差し込んでいて、シルバーのフレームもオレンジがかって見えた。
「コンタクトは使わないんだ? 」
「そうだね。 学校だと眼鏡の方が慣れてるし、スポーツするわけじゃないし。 なんで急に? 」
「いつもの眼鏡壊れても別の眼鏡なんだなーって思ってさ」
「変だった? 」
「いやいや、全然変とかじゃないよ。 でも、コンタクトでも可愛いんだろうなって、おも……ってさ」
やっべ、口が滑った、と焦る。 思わず本音を漏らしてしまって、本人を目の前にして可愛いだなんて言ってしまった。 だが、美咲はさほど気にした様子もなかった。
「ふふ、ありがと。 でも大地にはコンタクトの姿はまだ見せられないかなぁ」
「なんでだよ」
「なんででも」
そう言われてしまうとこれ以上取りすがるのは難しい。 『まだ』と言っていたから、いつかは見せてくれるんだろうか。
建物の中をぐるりと歩いて外に出ると、今度はイルミネーションが主役になっていた。 キラキラと光る星の煌めきからは、頑張れよ、とエールを送られたように感じた。
歩き疲れたし少し座ろうか、とウッドデッキにある二人がけのベンチに並んで腰掛ける。 日が落ちると、この時期はまだ肌寒い。
さっきからどうやって切り出すか、なかなか踏ん切りがつかないでいた。 しかし、もう辺りは暗くなってきて残された時間も少ない。
ええいままよ、と美咲に呼びかける。
「あの」
「あのさ」
出鼻を完全に挫かれた。 なんでこんな時に被るかな――。
「あ、美咲から、どうぞ」
「んと、パンケーキごちそうさまでした。 あとね、今日楽しかった」
「喜んでもらえたみたいだな」
「うん、もちろん。 幸せだったよ。 ありがとう」
「いやいや、どういたしまして」
「それで、大地は? 」
「あ、うん」
心臓がバクバクと鳴っている。 喉元までせり上がっているんじゃないかと思うくらい。
美咲を見れば小首を傾げてこっちの言葉を待っている。 わざとやってるのかと思うくらい可愛らしい。
口から出てきそうな心臓を戻すように、ゴクッと唾を飲み込む。
「――美咲」
「うん? 」
「美咲が好きだ。 俺の、彼女になって欲しい」
「――え? あたし? 」
「うん、もちろん。 ほかに誰が」
「そ、そうだよね。 えっと、大地は岬千春が好きなんじゃなかったの? 」
「それは――俺がもっとはっきりしておけば良かったんだけど、俺はクリスマスの前からずっとお前のことしか見てなかったんだ」
「だってあの時、あたしか岬千春かって言ったら――」
「答えられなかったのは、まだ美咲に告白する決心がついてなくて。 ――ごめん」
「……そう、だったの」
沈黙が二人を包む。
ズズ、と鼻をすする音に顔を上げると、美咲は目に涙を溜めて唇を震わせていた。
「お、おい」
「あ、えへへ、ごめん、なんかよくわかんなくなっちゃって」
シルバーの眼鏡の脇から、ひと雫溢れ落ちる。
ちゃんと伝えられて良かったと思う気持ちと、泣かせてしまった申し訳なさがないまぜになって、どうしていいのかわからなくなってしまった。
こんな時にかける言葉を、俺は全く持ち合わせていなかった。 これほど人を好きだって思ったのが初めてだから。
女性は恐怖の対象であって、好意の対象ではなかった。それでも、ひょんなことから吹奏楽部に入って、女性と関わる機会が増えたおかげもあって、少しずつ怖さは感じなくなってきた。
それでも、好きだという感情に発展する人は周りにいなかった。
それを覆したのが美咲だった。 初めは、春山先輩の妹というだけだった。 それでも他の女子よりも落ち着いていて、席が隣なのもあって話すようになった。
好きだって思ったのはいつからだっただろう。 車に轢かれそうになったあの時からだろうか。
いつからか、隣にいないと物足りないし、大切にしたいって思うようになった。
その大切にしたい相手が隣で泣いている時に、俺は何をしてあげればいいのだろうか。 俺のせいだというのに……?
こぼれ落ちた涙を拭いた美咲は、こちらに向き直って微笑んだ。 涙目でも可愛いと思ってしまった俺は、ある意味病気かもしれない。
「ごめんね。 こんなつもりじゃなかったんだけど」
「――大丈夫か?」
「うん、ありがとう。 好きって言ってもらえて、嬉しかった。 ……ちょっと混乱しちゃっただけ。 それで、お願いなんだけど、お返事週末明けでも、いいかな? 」
「おう、わかった」
「ごめんね、ありがとう。 寒くなってきたし、帰ろっか」
今すぐに返事をくれ、とは当然言えず、承諾の意を示す。
結局のところ、想いは伝えたし勝負はちゃんとできたと思うのだが、合格発表までは少しやきもきすることになりそうだ。
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