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after story 第1話 結成一周年記念ライブ

『急遽拡大開催決定! 4Seasonz 結成一周年記念ライブ! 』


 こんな文字がホームページに踊っていた。 美咲はなんか言ってたっけ、と思い出してみたけどそんな記憶はない。 しかし、彼女が出演するんだったら観に行くのが彼氏の役目だろう。


 つらつらとライブの告知を読んでいると、金額が書いてあるのが目に留まった。


 うえっ!? 高っ! 世の中のアイドル好きはこんなにお金使ってるのか。 うーん、お小遣いだと厳しいな。 お年玉を切り崩すしかないかなぁ。


 そんな時に救いの女神ともいうべき彼女からのメッセがやってきた。


『寝てた? 』

『まだ10時だぞ。 小学生じゃあるまいし』

『よかった。 大地にね、報告があるの』

『なんだ? 』

『4Seasonzってね、去年の3月に結成が決まって、4月の終わりに初ライブだったの』

『そうだったみたいだな』

『それでね、もうすぐ一周年になるんだ』

『そうなるな』

『それでね、一周年記念のライブを大々的にやることになったの! 』


 正に告知ページにあった通り。 紹介文でも読んでんのか? ライブの件は知ってる……が金が苦しいという事情を赤裸々に語るわけにもいかず、続きを待った。


『というわけでね、大地にも来て欲しいなって』


 そりゃ行きたい。 行きたいが……。

 あれ、そもそもどこでやるんだ? 関東じゃなかったら、お年玉崩しても厳しいぞ。


『もちろん行きたい。 どこでやるの? 』

『東京ドーム』

『マジか! すげえ!! 』


 道理で高いわけだ。 しかし、デビューから一年で東京ドームとか、人気が半端ないな。


『ウソよ。 そんなとこでできるわけないじゃん(笑)』

『なにー!? 騙された! 』

『ホントは、東京ドームの近くにあるライブハウスだよ。 関係者で入るから、チケット取らないでね』


 おお!? マジか!

 俺の彼女は女神かなにかか。


『おう。 ライブなんて、ショッピングモールで見たとき以来だ』

『その節はお世話になりました』

『そんなことあったな。 まさか美咲だとは思わなかったけど(笑)』

『かわいいと思った? 』


 可愛いと思ったよ。 思ったさ。

 でもそんなこと言えねえ。


『おっちょこちょいだと思った』


 既読がついてから返信がなかなか来なくって、慌てて電話に切り替えた。


「美咲? 」

「――ぶぅ」

「怒るなよ。 可愛いと思ってたよ」

「そんな取ってつけたように言われても説得力ないもん」

「どうしろってんだよ」

「好き、って言って? 」


 好きに決まってるだろ。 でもそれを口にするのが恥ずかしい。


 ――でも、そのせいで美咲を傷つけてしまったんだった。 同じ過ちは繰り返してはならない。


「美咲が、世界で一番好きだよ。 世界で一番可愛いと思ってるよ」


 顔から火が出るほど恥ずかしい。 こんなこと年中言えるイタリア人がすげえ。


「――」


 美咲からの言葉が何もないから受話口に耳を近づけると、ボフボフとベッドを蹴るような音が聞こえた。


「おい、美咲? 」

「あたし、頑張れる。 ありがと、大地。 あたしも大好き」


 そこまで話して電話を切れた。

 おかげで、しばらく寝付けなかった。






 ライブ会場は東京ドームにほど近いビルにあって、だいたい1000人ほど収容できる規模なんだそうだ。 コンクールの会場が大体3000人だから、一階席の半分くらいの量だろうか。


『お姉ちゃんも来るから、駐車場の奥にある関係者入り口のところで待ち合わせてね。 お姉ちゃんにも言っとくから』


 ということで、ライブハウスの入り口で春山先輩を待つことにした。 昼ごはんに牛丼屋になんか入ったものだから、食べ終わったからといってのんびりもできず、早々に出てきてしまったのだ。 おかげで待ち合わせよりもだいぶ早く着くことになってしまった。


 ライブハウスの敷地内にある駐車場にはタープがいくつも連なっていて、グッズの販売会場になっていた。 そのグッズにはデカデカと美咲の写真が載っていて、いくつもの笑顔が俺に向かって微笑んでいた。


 四人のグッズがそれぞれ並んでいるが、美咲のものが一番売れてるように見える。 僅差で夏芽。 やっぱり、美咲が一番人気なんだな。

 彼氏の身としては、自分だけが可愛いところを知ってればいいと思ってしまうのだが、自分の彼女が一番人気というのも悪くない。


 しかし、一つ一つのグッズが高い。 これ一つで、バスクラのリードが一箱買える。 美咲グッズを増やしたいところではある。 一方で、美咲が『千春』だと知らない妹の目がある以上、ただのアイドルオタクだと思われるのは避けねばならない。


 そんなとき、後ろから声がかかった。


「いよっ、彼氏くん」

「あ、先輩、お久しぶりです。 というか、その彼氏くんってやめてくださいよ」

「事実じゃん。 だってさー、付き合い始めた報告を受けたころから、美咲の周り花が舞ってるように見えるくらいウキウキよ。 私に彼氏がいなかったら追い出してるわ」

「すみません……」

「いやいや、菊野くんが謝ることじゃないんだけどね。 さ、行こう」

「はい。 あっちの奥みたいですね」



 春山先輩と一緒に駐車場の奥へと進んでいくと、関係者立ち入り禁止の札と赤いコーンがあるところまでやってきた。 先輩がぽちぽちとスマホをいじってから十数秒、ビルの先にある扉から美咲が顔を出した。


 今日は眼鏡はかけてなくて、でもまだメイクもしていない。 地味な学校モード、フルパワーのアイドルモード、それにちょっと垢抜けた感じのノーマルモード、俺が知ってるいずれとも違う美咲が出てきた。 うーむ、深い。


「なんかやってたのか? 」

「うん、リハーサル。 この後着替えて本番だよ」


 自然と言ってのける美咲は、アイドルであることが板についている。


「すげーなぁ。 ホントにアイドルなんだな」

「私もそれ思った」

「もう、二人してなに? そんなこといいから中に入って。 はい、これ」

「ん? 」

「STAFF証。 これ持ってて『岬千春の関係者です』って言えばとりあえず大丈夫だよ。 今日は知らないスタッフさんも多いから、向こうも勝手がよくわかってないと思う」


 テキパキと指示を出す美咲は、大学生を通り越してまるで社会人のようだ。 実際、仕事してるんだから社会人には違いないんだけど。


「なんか仕事してるって感じで、美咲が大人びて見えるよ」

「全然そんなことないよ。 あたしなんて迷惑かけてばっかりだし」

「そういうところも、さ。 謙虚で周りを気遣ってて――」


 なんだか急に美咲が遠い人のように感じられた。 俺は親からもらう数千円の小遣いで悩んでるのに、美咲はグループとはいえこれだけの人を集めて稼いでるんだよな。


 俺って、なんなんだろうか。 美咲の隣に並び立つ価値があるんだろうか。


「……どしたの、大地? 」

「いや、どうもしてないよ。 ステージ、頑張ってな。 特等席で応援してる」


 相手は本番前だってのに、何やってんだ俺は。 顔を見せるのが恥ずかしくて、関係者控え室と書いてある部屋に引っ込んだ。


 少し間を置いて春山先輩が入ってきた。 そして、少し怒気を孕んだ声で言った。


「菊野君、何やってるの? 」

「先輩……いや、なんでもないですよ」

「あなた、美咲に俺はふさわしくない、とか考えてるんでしょ」

「……」


 図星すぎて何も言葉を返せなかった。 先輩もきっとそれを感じ取ったんだろう。


「そんな半端な覚悟で美咲と、私の妹と付き合ってるんだったら別れてくれる」

「なっ――!?」


 思わず春山先輩に振り返った。 そこにいた春山先輩は、勝気で挑んでくるような表情をしていた。 そして視線がぶつかると、ニヤっと笑った。

 どうやら先輩は本気でそう思っているわけではなさそうで、自信を喪失しかけていた俺に発破をかけてくれたんだろう。 そうだ、俺は高校生なんだから仕事をしていなくて当然だ。 そんな俺をちゃんと評価してくれた美咲を裏切るような真似をしてはいけない。


「先輩、ありがとうございます」

「よし、いい目になった。 頼むよ、彼氏くん。 私はこれでも結構菊野くんのこと買ってるんだからね」

「はい。 ありがとうございます。 今はまだガキですけど、いつか美咲をこの手で幸せにできるようになります」


 かなり小っ恥ずかしいことを口走ってしまった。 それも、美咲のお姉さん相手に。

 そんなときにかけられたのは、明らかにからかいの色が強い言葉だった。


「あら〜ハルちゃんも愛されてるわねぇ。 羨ましい」

「わっ! あ、えっと……」

「原田です。 お久しぶりね。 それに、美桜さんよね」

「はい。 初めまして。 妹がいつもお世話になっております」

「お姉さんも美人さんよね。 ハルちゃんとはちょっと違う系統の。 ウチからデビューしてみる? 」

「えっ、いいんですか? 」

「じゃ、オーディションからね♪ 」

「うぐっ。 もう落ちるのは勘弁です……」

「あら、結構いいとこイケると思うけど。 あ、そんなこと言っている場合じゃなかった。 そろそろいきましょう。 もう開場してるから結構熱気あるかも」


 そうして裏手から案内されたのはお客さんが入れるエリアを区切られた2メートル幅くらいのエリアで、照明や撮影スタッフが通るんだそうだ。 ステージに観客が手を伸ばしたりするのを防ぐのもあるんだろう。


 その一角には機材が固められているエリアがあり、そこのパイプ椅子に座っていてくれと指示を受けた。





 本番のステージが始まると、もうさっきのくだらない悩みなんてすべて吹っ飛んでしまった。 最初に歌った『恋のシーズン』の時点から、会場は爆発するような盛り上がりだった。


 四人で歌っているにも関わらず、艶やかで伸びのある美咲の歌声は一際輝いていた。 そして誰よりも弾けるような笑顔を見せていた。


 ――すげえ。


 まばゆいばかりの光を放っている美咲を、うまく表現できる言葉を持ち合わせていなかった。 俺は、ただただ目が離せなかった。


 何曲歌っていたのかわからないが、開始から一時間ほどだったところでトークタイムになっていた。 ……のだが、美咲がいない。 キョロキョロとステージ上を見回していると、いつの間にか隣に来ていた原田さんが次が美咲のソロだと教えてくれた。 ソロ曲なんてあったのか!


「それでは皆様お待たせしました! 我らの一番星、千春を私たち三人でプロデュースしました。 千春のソロ、『夏ミカンな恋』をどうぞ! 」


 ソロでのステージなんて美咲は初めてなんだろう。 ステージに上がった美咲は、さっきまでと違ってどこか自信なさげな表情だ。 大丈夫だろうか……。 なにもできない自分がもどかしい。


 だが、そんな心配はまったくの杞憂だった。 イントロが流れ始めると美咲の表情は力を取り戻し、ゆったりとした曲調で女の子の心境を歌っていた。 フルートのような柔らかくて心地よい声に聞き惚れていたら、いつの間にか間奏を経て、二番のフレーズに入っていた。



『真っ白な砂浜 キミと手を握った

 絡めた指先 燃えてるみたい


 キミが放った その一言で

 嬉しさのあまり 涙がこぼれる


 なんて素敵な響きなの

 なんて心踊る言葉なの

 これがもし これがもし 夢なら覚めないで


 片時だって離れずに

 ずっと一緒にいられればいいのに


 私の恋は夏ミカン 暑さとともに甘く

 繋がった私の想いは 爽やかさが広がっていく』



 

 惚れた。 いや、惚れ直した、か。

 なんだよこれ、 反則だろ。


 そんな感傷に浸っていられたのも数秒だった。

 天井が吹っ飛ぶんじゃないかと思うほどの叫び声に包まれた。

 

 千春とか、ハルとかの叫び声に混じって、俺は――。


「美咲ーっ! 」


 そう叫んだ。

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