第2話 スマホ脱走事件

 自転車はいい。

 風を切って走る間、悩みも一緒に吹き飛ばしてくれる感覚がある。 コンクールや3年生の引退で溜まっていたもやもやした気持ちも、自転車のおかげで少し軽くなった気がする。


 部活が休みの今日は、新しいリードを買うために行きつけの楽器屋さんがある街へと繰り出していた。 目立つところにディスプレイされたト音記号のクリップにも心惹かれたが、ここはグッと我慢する。 バスクラのリードは高いのだ。


 目当てのリードを二箱買って表に出ると、太陽は一番高いところにいて、人通りはとても激しくなっていた。

 ーーいや、激しすぎる。

 不思議に思ってあたりを見回してみると、アイドルグループがミニライブを開催する旨のポスターを見つけた。


 どうやら、4Seasonzというグループのようだ。 そういえば、公民館の夏祭りで演奏した曲の中に彼女たちの楽曲があったようななかったような。 原曲を聴いたことはなかったし、せっかくだから聴いてみようと会場の方を見ると、明らかに不審な動きをしている女性がいた。


 遠目から様子を伺っていると、おろおろとしてキョロキョロあたりを見回し、ベンチの下を覗いたりしている。 周りの人はそんな女性を気にかけることもなく、各々の用を済ましているのだろう。 女性に声をかける人は見かけない。


(なんか探してる? 大丈夫かな? )


 そう思って、近くに寄り驚かせないように声をかける。


「お探しものですか? 」

「ええ、実はスマホを落とし・・・!?」


 ゆっくりと歩きながらそう声をかけると、女性はこちらを向きながら答えつつも驚いたような表情を見せた。


(突然話しかけて、やっぱり驚かせちゃったか・・・? )


 おもわず息を飲む。パッチリとした目に、艶やかな唇。 束ねられた髪は馬のしっぽのように頭の後ろで揺れている。 ピンク色のシュシュがトレードマークなのだろう。 男子高校生10人集めたら、10人全員が言い寄るレベルの美しさだ。


 歳は・・・同い年くらいだろうか。溌剌とした雰囲気に、あどけなさも垣間見える。


「えっと、その・・・スマホを落としてしまって」

「どんな外見ですか。 一緒に探しますよ」

「ええと、本体が白で、透明のケースに入ってるんです」


 持っていたスマホを落とした途端に足で見事に蹴飛ばし、どこに行ったかわからなくなってしまったとのこと。なんというおっちょこちょいさんなのか。


 消火器や植木鉢をどかしてみたりもしたけれど、出てきやしない。


(呼んだらスマホが返事してくれたらいいのに。−−−あっ)


「俺のスマホで鳴らせばいいんだ」

「そうですよ! なんで気がつかなかったんですか!? 」

「俺が悪いの!? 」


 何故だかよくわからない罵声を浴びせられて、ついタメ口になってしまった。 気を取り直して電話のアプリを起動する。


「番号入れて、通話ボタン押してください」

「えーと・・・・はい」



 ・・・・。

 聞こえない。

 そりゃそうだ。

 隣で騒いでる女がいる。



「どこ〜〜〜!? スマホちゃ〜〜ん!? 」

「やかましい!! 着信音が聞こえねーだろうがっ! 」



 ヴゥ〜〜ンヴゥ〜〜ン


(聞こえた! つーかバイブかよ!)


 機材置き場の手前にある金網の方で、バイブの振動音が聞こえる。


「こっちだ! 」

「えっ!? 」


 女性の手を引いて機材置き場に向かう。 やはり、この機材置き場にあるようで金網ごしに中を伺うと、着信中の画面が表示されたスマホが1mほど先に見える。


「あった! 」

「えっ・・・えっ・・・!? 」


 女性の方を見やると、引かれた手を見て少し頬を赤らめ、少し驚いたような表情をしていた。


「あっ、手ごめんなさい。 思わず引っ張ってきてしまって 」

「あ、いえ、大丈夫です」


 パッと手を離し、床に這いつくばって、金網の下に空いた隙間から手を伸ばす。

 あと少し。・・・もう少し。


 ・・・届いたっ!


「ほらっ」


 手に取ったスマホを女性に渡す。


「ありがとうございますっ! 」


 凛と響く明るい声ととびっきり眩しい笑顔。 思わずドキっとする。めっちゃ可愛い。


「よくバイブの音なんか聞こえましたね」

「ああ、低い音聞くの慣れてるから」

「おかげで助かりました。 あたし、この後ミニライブやるんです。 ぜひ見ていってくださいね、優しいお兄さん♪ 」


 なるほど、そりゃ可愛いわけだ。

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