第54話 私は彼から解放されたい
家に帰るとナエに言われた通り、私はあの人の作品を初めて読んだ。ナエは一体何を考えているのだろう。
ただ、あの人の心の中を垣間見るようで本当に読んでいいのか不安になった。
まあ、小説は読まれるものだから別にいいよね。
私は勇気を持ってあの人の小説ページを開く。
『俺はラブコメが書けない』
文芸部員の男の子と、演劇部の女の子の恋物語。
男の子向けのラブコメなんだから、狙ったようなエッチでスケベなシーンが多いのかと思ったが、必ずしもそうではなかった。
主人公もヒロインも、周りの登場人物たちもまるで生きているかのように心理描写が細かいし、読みやすい。コメディ作品だけあって、テンポもいい。さすが文芸部員だなと思う。
しかし、出てくる登場人物や、舞台、ストーリー展開がどこかで見たことある気がする……。主人公はあの人がモデルなんだろうけど、ヒロインはやっぱり……。
そして連載分全て読み終えた時、私は続きを読みたい衝動に駆られた。だが、コンテストに出すのを優先したのか、結末の部分が書かれていない。
しかし、主人公はヒロインに想いを寄せている。そして、ヒロインとの距離は急速に縮まっている。
だが、同時にあの人も同じことを考えているのかーー強くそう思った。
確かに、あの人はそんな気持ちなのが垣間見えた。
私だって、今はあなたがーー
しかし、私には乗り越えないといけないものがあった。あの人や親友に言われていた「課題」。
私が無意識に追いかけていた、忘れられない、彼に。
――
あの人の言葉が私の心に届いた。何であの人がそう言ったのか……それはわかっていた。
いつまでも、彼の幻影を追い続けるわけにはいかない。
***
翌日、私は一人である場所に向かった。気分転換したいのもあるが、踏ん切りを付けたかった。
今、私は乗り越えていかなければならない存在がいる。
彼を忘れることは、ない。今後も私の人生が終わるまで。
だけど彼は現実にはおらず、心の中で生き続けている。私を今まで見守ってくれていた。これからも、ずっと。
電車を乗り継いで、私は彼が眠る某所を訪れた。
彼の目の前で手を合わせ、そして目を閉じる。
彼との思い出が、映画のダイジェストのように蘇ってくる。幼かったころ、大切な家族を亡くしたときに寄り添ってくれた彼、毎日一緒に帰り道で寄り道した思い出、そして……彼と過ごした夜。当然、まだ子供だったから、大人の付き合いはできないけど家族同然の存在だった。
彼を失ってからも、すぐそばにいる気がした。
私は目を開けて、空を眺めた。
初冬の貴重な晴れ間。澄んだ青い空が広がっていた。
もうあなたがいなくなって五年。この空のどこかで、彼は見守ってくれている。
今なら、彼から私自身を解放できる気がする。
私には……大切な人ができました。
ありがとう――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます