第17話 俺は真意を汲み取りたい

 女優二人が張り合う中、審議タイムとなった。俺一人では決めかねるので千葉部長や宮部さんが助っ人についてくれた。一応、二人とも公平に藤安ふじやすさんか早乙女さおとめさんどちらが主役に相応ふさわしいかを助言すると言っていた。

 しかし、最終判断を下すのは俺である。俺の一観客としての感想にゆだねられているのだ。


 クリスティーヌに選ばれるための条件、それは透き通った声とメリハリの付いた動き。特に、動きのしなやかさが重視される。

 客観的に見て適任は藤安さんだろう。

 しかし、俺の脳裏には早乙女さんの妖艶ようえんだが激しく、熱のこもった迫真の演技が頭にこびりついていた。

 "観客"である俺にとって "演劇部のクイーン" 早乙女さんの演技も捨てがたいのだ。

 正直、決められるものではない。今すぐ投げたいが、引くに引けない。


 いろいろ頭の中で押し問答していると、


「ねえ、本当のとこどうするつもりなの?」


 宮部さんが耳打ちする。彼女はちらちらと自信たっぷりの様子でこちらを見守る親友を見ていた。


「どうって……そもそも俺素人だよ? 正直決めていいのかなって」

「今更何言ってるのよ……なんて言えなさそうね。ハナもだけど、早乙女さんも演技良かったし、迷うのも分かるわ」

「うん」


 一つ頷くと、俺は出されたお茶を一口飲む。


「やっぱ決められないよ」

「でも、高林たかばやしくんもハナを信じてるんでしょ? 正直に堂々と決めればいいじゃない」

「……でもさ」

「ハナは勝てる自信があるから早乙女さんの挑戦に乗ったのよ。あたしはクリスティーヌ役はハナじゃないとダメって信じてるから」


 師匠の瞳は彼女の親友の芯の強い女優を見ていた。そう、藤安さんはみんなから選ばれたんだという責任とプライドがあるのだ。

 一度は主役を早乙女さんに奪われかけたが、二度目はそうはいかない。

 なぜ早乙女さんが必至かはわからないけど、もともとの藤安さんはクリスティーヌに適任だったから選ばれた。それは演劇部員みんなの総意であり、彼女も喜んで受け入れた。選ばれるだけの理由があるのだ。


 俺も藤安さんを信じたいが、演技で決めるのは無理に近い。ならばーー


「わかった。ありがとう、宮部さん」

「お? その顔は自分なりの答えは決まったようですねー」


 師匠は俺にしたり顔を向けた。


「まあね、師匠」


 俺は思わず右手を握り、親を立てた。


***


 そして、審議タイム終了のチャイムが鳴る。


「さあ、時間が来たわよ。高林たかばやしくん、結果はどうかしら?」


 早乙女さんが不敵な笑みを浮かべて俺を見ていた。なぜか小悪魔に見えてくる。しかし、彼女はたまに目を閉じまるで祈るような横顔を見せていた。

 一方、隣にいる藤安さんも自信有り気な表情であった。だけど、彼女の目はどこか不安を隠せずにいた。

 だが、俺の答えは決まっていた。

 しかし、時間がやけにゆっくりに流れていた。俺は息を吸い込むと、腹の底から声を出す。


――クリスティーヌ役は……藤安さんがいいと思います。


 刹那、騒ぎ立てていた周囲が物音一つなく静かになる。

 やがて、時間が動き始めた。


――よっしゃあああああーーーっ!!!!


 周りから歓声が上がった。声は演劇部員みんなのものだった。宮部さんも千葉部長もホッと一安心したようだ。


 言い切った……俺……。思わず俺は安堵のため息をつく。


「頑張ったね、ハナ!」


 宮部さんが親友の肩を叩く。演劇部員たちが藤安さんの周りに集まってくる。


「うん……!」


 藤安さんはハンカチで涙を拭いていた。その表情は困難を乗り越えたという達成感に満ちていた。

 俺も藤安さんのところに行こうとしたその時だった。


――そんな……


 女優の一人は肩を落とし、その流麗な顔を下に向けていた。精気が抜け、蝉の抜け殻のようになっている。

 彼女の親衛隊も唖然としていたが、すぐに抗議の声が上がる。


「どういうことだよ!」

「説明しろよ!」

あね様のほうが断然よかっただろ!」


 意気消沈して座り込む早乙女さんの周りに立つ親衛隊員三人。そのうち一人がいきなり詰め寄った。男は鬼の形相で俺を睨みつける。


「おい……今すぐ教えろや。なんで姉さんじゃなくて半人前の女が主役なんや……」

「そ……それは……その……」


 怯んで動けない! だが、俺はなんとか腹の底から声を押し出した。


「藤安さんのほうが主役として相応しいから……かな。確かに早乙女さんの演技もほれぼれするよ……。正直二人ともうますぎて素人の俺が決めていいことじゃない。だけど……藤安さんはみんなからの期待を背負ってるんだ。だから……」


 しかし、親衛隊は俺が最後まで話すのを許してくれなかった。


「そもそもお前、観客として見てないだろ。卑怯だぞ!」

「そうだそうだ!」


 親衛隊が次々に集まってくる。奴らは鋭い剣幕でまくし立てる。


「お前なあ、あくまで一人の観客として決めるって約束しただろうが! 今すぐ撤回しろ!」

「そうだそうだ!」


 声に押され、俺は戸惑っていた。そんな無茶な……。迷った上での判断なんだよ……勘弁してくれ……。


――はあ……あの人に見せられないのか


 早乙女さんはため息をついて体育館の天井を眺めていた。そのとき、スマホの着信が鳴った。


「はい、早乙女ですが……えっ!?」


 その時、早乙女さんの顔色が変わった。

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