第18話 俺はあの人に謝りたい
いきなり顔色が変わった
「はい……はい……。わかりました。今すぐ向かいますので」
低く、焦りが混じる声。
スマホの通話を切ると、親衛隊員がやってきた。さっきまで勝手にしろと言わんばかりだった
「
親衛隊員の言葉に早乙女さんは深刻そうな面持ちで応える。
「……お婆様が危なそうなの。すぐに
その後彼女は月島部長に一声かけると、すぐさま更衣室に向かって走っていった。
いきなりの様子に体育館にいたみんなの体が固まっていた。しかし、沈黙はすぐに破られた。
「おい、
親衛隊の一人が俺に詰め寄る。激しい剣幕に一瞬俺の心臓が震え上がる。
「な……なんだよ!」
「お前のせいで姉様がお婆様に晴れ舞台を見せられなくなっちまうだろうが!」
「は?」
俺は目をぱちくりさせる。
「まあ、無理はないわなあ!! お前らにとっちゃ、姉様は舞台を台無しにしようとした邪魔者なんだからよお!!」
声を荒げる親衛隊員は自暴自棄になっているのか、床を強く踏み付けた。振動が俺たちの鼓膜を揺らす。
しかし、
「うっさいわねー! そもそもあんたらが主役奪うために喧嘩をふっかけてきたんでしょ? なんで諦めないの?」
宮部さんが親衛隊の前に立つ。彼女は鋭い目付きで親衛隊員を睨みつける。
「諦められないんだよ! 姉さんはな、自分を育ててくれたお婆さまに晴れ舞台を見せたかったんだよ。お婆さまは余命が残されてないんだ」
その親衛隊員の言葉で場は静まり返った。俺も、宮部さんも。
「どういう……ことだよ」
俺は言葉を漏らす。
親衛隊員は息を吸い込むと、ため息をついた。
「お前らに言ってもわかんないことだと思うが、話そうか」
早乙女さんは祖母から一流の役者になれるよう育て上げられたという。
早乙女さんは一流の女優だった祖母の血を受けつぎ、また祖母の厳しい指導にも耐え、見る見るうちに才を花開かせていった。小さいころから演劇に触れ、中学時代には公演で主役に抜擢されるまでに成長した。
しかし、五年前に事情が一変した。祖母が病に倒れたのだ。
その病が現代の医学では治せないものらしく、彼女は看病のため通っていた高校を退学せざるを得なかった。
「
親衛隊員の顔から涙がこぼれ落ちる。
俺はなぜか、心の奥底からじわりとくるものを感じた。
「姉様はせめて自分の育ての親の最期に晴れ舞台を見せてやりたかった。だから必死にお前らに喧嘩を仕掛けたのさ……」
そう言い切ると、あたりに沈黙が流れた。
どんよりした重い空気が俺たちにのしかかった。
「なら……言ってくれれば……」
口を開いたのは月島部長だった。
「主役は難しいけど、考えたかもしれない」
「嘘つけ。どうせあんたらは姉様を主役になんかしないだろ。姉様には時間が残されてないんだ。無理矢理にでも、主役をもぎ取るしかなかったんだよ」
再び澱んだ空気が場を支配する。
「……気持ちはわかった」
「同情した
「……ああ。残念だが今更変更はできない。だけど、早乙女たちの気持ちは理解できる」
低く、小さな声でそういうと月島部長はみんなに向き直った。
「すまない。これから病院に行ってくる」
「おい、月島。早乙女に会えるのかよ? 相手は緊急なんだろ?」
「会うのは無理かもしれないけど……話がしたい」
その後、早乙女親衛隊も月島部長の後を追うように病院に向かっていった。俺とその他の演劇部員たちもその場に残された。
俺は早乙女さんが置かれた状況が信じられず、口を開けたままだった。
――俺、とんでもないことしちゃったかな
罪悪感がふつふつと湧き上がってくる。早乙女さんは残り少ない命の祖母に、自分の晴れ舞台を見せたいがために必死だったのだ。
知らなかったこととはいえ、俺は簡単に彼女の思いを踏みにじってしまったのだ。
改めて、重大な判断だったことを痛感した。
「謝ったほうが……いいかな」
声がポツリと落ちる。だが、その声は師匠に拾われた。
「……その必要はないと思う。主役奪おうとしたことに変わりはないんだから」
顔を向けると宮部さんは親衛隊や月島部長が出て行った体育館の出口を眺めていた――後ろめたそうな横顔を向けて。
「……」
次第に空気が重くなる。俺は何も口に出せない。空気を吹き飛ばせない。
ところが、
――私、病院行ってくる
その声にはっとする。さっきまで張り合っていた女優が、深刻そうな面持ちで俺たちを見ていた。彼女も隠し切れない思いがあるようだった。
「藤安さん……」
「高林君、ナエ……私、行ってくる」
「……早乙女さんに会いにいくの?」
「出来れば……無理だと思うけど、あのままだと早乙女さん……」
藤安さんは言葉をつまらせるが、あまり時間は残されていないのか、それだけ言うと走り出した。
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