第16話 俺は本心を貫きたい
そう……それでいいのよっ!!
あとは、あの人が持っていてくれれば……! 神様、どうか命の灯火を消さないで!!
ステージの裏で私は心の底から強く祈った。
クリスティーヌを勝ち取って、あの人の前で演じるのだ。どれだけ絶望的であろうと、するしかないのだ。
私の演技と声援を見たら、部長もきっと心を入れ替えてくれるはず!
目の前で、最大の敵が今まさに演じようとしている。あなたの実力は把握している。素晴らしい演技力だと思う。
だが、演技には情熱と激情を込めた動きがないとダメ。あなたにはそれが足りない。
正々堂々勝負を申し込んだから、最終的に総合力の勝負になる。まだまだ、勝ち目はある!
***
一方、もう一人の女優はステージの上で、目の前の
私だって演技は自信があるの。だからみんなから選ばれたの。
これは大切なみんなの演劇を守るための戦争。さあ、開戦よ!
***
大変なことになってしまった。とはいえ、もう進むしかない。
すでに
どう評価すればいいか、は
あくまで、一人の観客として思ったことを評価する。間の取り方や声の大きさも考慮に入れるとよいと話していた。
だが、
ステージの緞帳が上がり、早乙女さんが別に用意させた地下室を模した背景に、青いドレスを着用した女優が現れる。
シーンは『オペラ座の恋』のクライマックス。この前藤安さんが俺に披露してくれた、覆面の男、ファントムに呼びかけるシーンだ。
やはり彼女の演技は台詞に感情が乗り、透き通ったが体育館に響く。しなやかだが、いきいきとした体の動きは観客たちの魂を揺さぶる発声をさらに引き立てていた。
場にいる者は全て(なんと早乙女親衛隊も含めて)、彼女の演技に心を奪われていた。
俺は一人の観客として演技を見ていた。
一人の観客として、思わず見入ってしまう。
最後まで演じ切ると、緞帳がゆっくりと下がる。藤安さんの演技が終わると体育館中から拍手が巻き起こった。
やっぱり素晴らしい――語彙力皆無の俺の感想だ。
早乙女さんの演技の準備のため、十分ほど休憩タイムに入る。
早乙女さんの演技鑑賞は初めてだが、演劇部員たちによると藤安さんに匹敵する演技力と所作を兼ね揃えているらしい。まあ、自分で衣装を伸長したり、背景を作らせたり、親衛隊を呼んだり……と気合は入っているのは俺でも分かった。
背後から大声が聞こえてくる。振り向くと、親衛隊の何人かがメガホンを使って声援を送っていた。まるで緞帳の向こうにいる彼女に呼びかけるように。
――
――姉さんの魅惑の演技で、メロメロにしちゃってください!
正直うるさいんですけど。俺は早乙女親衛隊を睨みつけていた。
それを見た親衛隊員の一人と目が合う。
「何だお前」
「あの……静かにしてもらえませんか」
「わかったよ。だが、この勝負
親衛隊は自信ありげに
そもそも、こいつらに決定権はない。早乙女さん自身も言っていたはずだ。
「……どういうことだよ」
「まあ
「はあ?」
そうこうしているうちに体育館の照明が消え、また緞帳が上がる。
ステージの上に立つ美女。照明に照らされ、彼女はきらめく瞳、ふっくらとした鮮やかな紅色の口紅で天井を見上げていた。
そのドレス、肩や胸元、スカートから伸びる色白の脚線美描く脚。目のやり場に困るほど露出が多い。スレンダーな彼女の容姿と相まって俺の心臓はとくんと跳ねていた。
――ああ、いつも私に導きを与えてくださる貴方はいったい誰なの? 教えてくださらないかしら
藤安さんも演じたのと同じシーンだ。しかし、所作が全く異なる。
動き方が激しいのだ。藤安さんも所作は大きくはっきりしているのだが、ゆっくりと穏やかで、透き通った声を伴った演技だった。だが、早乙女さんはまるでフラメンコのダンサーのように、激しく、早く、熱かった。
激しい動きでスカートが揺れ、すらりとした生足の脚、太ももが露わになる。嫌でも顔が引き付けられる。
だが、彼女の色気にいやらしさはなく激しさと華やかさをさらに引き立たせていた。
そして彼女は顔を上げ、パッと彼女の周りに光が当たる。
――なぜ教えてくれないの……。どうして? こんなに近くに居るのに。手に届きそうで届かない。私の心は恋の炎に包まれ焦がされようとしているのに……!
彼女の動きは激しくなる。炎に舞い踊るファンタジーゲームの踊り子のように。
さらに親衛隊の声援が聞こえてくる。
――おおっ、きたきたきたあああああーっ!
――盛り上がってきたぞっ!!
声援が舞台女優に届いたのか、さらに動きが大きく速く、激しくなっていく。燃え盛る炎のごとく――
そして、
――その姿をここに……!
演じ切り、彼女の動きが止まる。
照明は女優だけを映していた。光が反射して彼女の瞳、唇、ドレス、脚を
ゆっくりと緞帳が降り、体育館が明るくなった。
拍手があちこちから聞こえてきた。俺も自然と拍手していた。
最後まで見入ってしまった……。早乙女さんの演技、プロそのものじゃないか……。
月島部長が言っていたように、藤安さんとは別の方向で素晴らしかった。激情の表現なら、間違いなく彼女より上だろう……。
しかも、早乙女さんの色っぽさは芸術の域に達している。
藤安さんを信じる心が動揺し始める。
正直、自分には決めかねることだった。
本心でいうなら藤安さんに軍配を上げるべきなのだが――一人の観客として観るならどちらも素晴らしい……。
ステージ裏から二人の女優が出てきた。
互いに譲れない様子で睨み合う二人。俺は一瞬硬直した。
「なかなかやるじゃない、藤安さん。出来はいいわ。私ほどじゃないけど」
「ありがとうございます。でも、本気で演じないと早乙女さんに勝てませんから」
「あら、本気でも勝てなくて?」
早乙女さんは小悪魔のように嗤う。
藤安さんは涼しげに笑った。
「どうでしょうかね」
そして二人の顔は俺に向けられ、俺は息が詰まりそうになる。二人から多大なプレッシャーが波となって押し寄せる。
心臓が早打ちし、冷や汗が出る。
俺は本心を貫けるのか、それとも……。
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