第4話 俺は彼女から逃げたい

 

 さて、初顔合わせ。俺たちはテーブルに二対二で座った。男である俺と部長の対面、窓側に藤安ふじやすさんと宮部さん。

 俺の視線の先には凛とした表情の藤安さん。つやのある茶髪も、見ているとなかなかの美人である。

 さっそく部長が話を切り出した。


「さて、自己紹介は済んだけど藤安は高林たかばやしと会ったことがあるのか?」

「え、まあ……」


 藤安さんはテーブルに顔を向ける。


「……でも思い出せないんですよね」


 部長は俺に顔を向ける。


「高林はどうなんだよ」

「え……」


 俺は必死で脳内の歴史辞書をめくっていた。彼女によく似た女の子な輪郭がうっすらと映る。しかし、いつなんだ……?


 だめだ! 思い出せないっ!


「すんません。全然思い出せません……」


 俺は顔をうつ伏せてしまった。


「おい、お前もか」

「多分、話してくうちに思い出すかも……」

「わかった。とりあえず……」


 部長は藤安さんに対して話を振った。出身高校はどことか、趣味は何とか、好きな物とかーーだが話は弾んでいるようだ。

 しかしながら、ネクラな俺が話に入る隙なんてどこにもなかった。部長はたまに俺に話を振るが、俺は軽く相槌を返すだけでまともに話せなかった。

 俺よりも部長の方が話す回数が多く、これじゃ俺が主役というより部長がメインになっているようだ。


 完全に蚊帳かやの外。俺の気持ちは徐々に沈み始める。やっぱり俺は元からこんな性格だから異性と会話なんて夢のまた夢なんだ……。


 部長はたまに俺に顔を向けて様子をうかがっていた。部長は心配しているようで耳打ちしてきた。


「そう硬くなるな。なんでもいいから、訊きたいこと訊けばいいんだ」

「ですけど……」


 どう返せばいいかわからない。何を話せばいいかわからない。当然ながら俺の頭の中で思考と戸惑いが渦巻き、暴れ始める。


 一瞬、彼女から逃げたいという感情が俺を支配する。


 一旦落ち着くんだ、カズキ。

 俺は自分の頭に言い聞かせる。

 ここで嫌われてどうするんだ? ラブコメのネタとカノジョをゲットできるまたとない大チャンスだぞ?


 俺は胸に手を当てた。

 自分の心から熱が引き、自分に余裕ができていく。


 今、自分が知りたいことは何? 俺は藤安さんに覚えがあった。


 その時、俺の頭に夢の光景がフラッシュバックした。あの口元、話し声。


 藤安さんってまさかーー

 俺の記憶が鮮明に蘇る。


「あ、あの……藤安さん、いきなりで悪いんだけど、中学一緒だったっけ」

「え?」


 藤安さんの目が見開かれ、口もぽっかり開く。


「お? 思い出したか?」

「来た、来たの!?」


 部長が興味深そうに顔をのぞかせた。宮部さんも俺と藤安さんを交互に好奇心で輝く目で眺めている。

 そんな目なんか気にせず、俺は藤安さんを見つめた。

 彼女は初め戸惑っているのか、目をキョロキョロさせていた。しかし、次第に確信めいたのか表情が落ち着き、明るくなっていく。


「まさか、あなた “ネクラのタカバヤシ” くん!?」

「……」


 不名誉なあだ名で言われ、俺は一瞬むっとした。でも、藤安さんにそんな意図はないのはわかっていた。


「そ、そうだよお……」


 自虐気味な声がポツリと滴り落ち、ため息が肺から吐き出された。


「いや、あなたが同級生の高林くんだったなんて思いもしなかったから……」


 藤安さんは申し訳なさそうに話していた。

 どうせ俺は存在感空気のネクラですよ!


「なんだー、あんたたち幼なじみだったんだ! アニメとかでよくあるよねー、幼なじみがくっつくのって。いいなあー」


 宮部さんが羨ましそうな目で俺と藤安さんに視線を送る。

 勝手に幼なじみって言われても困る……。ただの同級生の知り合いだし、向こうは俺のこと忘れてたみたいだし……。


「ちょっと、ナエ! いい加減にしてよ!」


 藤安さんは声を上げるが、宮部さんはニヤついていた。

 俺もいい加減にして欲しい。恥ずかしいし、暗黒時代だった中学を思い出してしまう。


「よかったじゃないか、高林!」


 部長が俺の肩を叩いている。


「……あんまり嬉しくないんですけど」

「なんでだよ。せっかくの旧友との再会じゃないか!」

「だって……」

「だって?」

「……」

 

 中学の忌々しき記憶なんて、人前で喋れるわけがない。


 ただ……俺の前にいる、友人にからかわれている彼女はただの同級生ではない。あの地獄のような暗黒時代に唯一、俺に手を差し伸べてくれた人だ。


 ……本人はそんな事忘却の彼方に捨て去ったみたいだけど。


 その後、俺たちの初顔合わせの時間は流れていった。まあ、部長と宮部みやべさんが俺たちの中学時代のことを質問しまくっていた。いじめられていたことなんて言えるはずがないし、そもそも俺も藤安さんも中学時代は特に絡んでいたわけじゃない。数ある同級生の一人でしかなかった。


 だから和やかな雰囲気と裏腹に俺の心拍数は爆上がりだった。闇がバレぬよう、必死でいじめと関係ないことを話した。

 まあ、当時から俺は内向的で趣味もゲームとニタニタ動画を観漁ることだけが生きがいだったから、部長たちに “つまらん男” という印象を与えてしまったかもしれない。それでも、あの壮絶ないじめの精神的、肉体的苦痛に比べたら遥かにマシである。


 そうこうしているうちに時間は過ぎ、俺たちはお互いに連絡先とSENNを交換して今回は御開きとなった。


「じゃあ、また月曜な。多分、こいつデートに誘うかもしれねえ」


 部長は俺の肩を叩く。


「ええっ!?」

「ええ、じゃないぞ。お前から遊びに誘えって」

「なんでですか」

「お前じゃねーと意味ないんだよ! 当たり前なこと訊くな! いろいろやり方教えてやるから」


 そんな俺と部長のやり取りに宮部さんの声が割り込んできた。


「ほうほう。高林くんがデート誘うってか? これは見ものですな」

「まあそのうち誘いに行くと思うから」

「はーい! 楽しみにしてまーす」


 宮部さんが楽しみにしてどうするんだよ、と軽くツッコミを入れる。隣にいる藤安さんも半分呆れているようだ。


 少し話し込んだ後、俺はアパートに戻っていった。


 帰り道俺の頭はいろいろなことが渦巻いていた。初めて出会った異性はまさかの同級生だった。衝撃的ではあったが、相手は忘れているらしい。

 果たしてネクラの俺は藤安さんをデートに誘えるのだろうか。自身が全くない。初めてバンジージャンプに挑戦するくらい抵抗がある。


 とりあえず、部長にどうしたらいいか聞こう。うん。


 こうして一日は終わった。だが後日、俺が抱える不安以上の事態に巻き込まれるなんて、今は誰も思っていなかったのだ。

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