第3話 俺は彼女と話したい

 

――先生に言ったらチクったって……

――あいつらの言葉を真に受けちゃダメ

――そうかな……。本当だと思うけど……

――本当か嘘かなんてどうでもいいの。相手にしたら、あいつらの思うつぼなんだから……!


 そいつのどこか芯の強い茶色い瞳はしっかりと俺を捉えていた。中学なんて最悪な思い出しかないけれど、そいつの存在は――



***


 秋晴れの朝日が俺の瞼を優しく照らす。ゆっくりと目を開け、枕元にあったスマホを確認した。


20××年10月25日(土) 7:04


 そうだ……今日は女の子を紹介してもらえる日だ。


ピンポン


 さらにSNSアプリのSENN(セン)に通知が入る。


チバ[高林、おはようさん。今日は約束の日だぜ]

カズキ[集合場所は〈シャインサイド〉に九時でしたっけ]

チバ[そうだ。女の子には伝えてあるから、ビシッと決めて来いよ!]

カズキ[はい]


 ビシッと決めて来いって……俺には難易度が高いと思う。俺はクローゼットを開くと個人的に気に入っている服を取り出した。まあ、黒っぽい服を着ていけば、笑われることはないだろ……。

 部屋着から紺色のデニムパンツとベージュのシャツに着替える。さらに秋物のコートを揃える――実はこれ、高校時代の親友が勧めてくれたものだ。

 コンビニでおにぎりとお茶を買って簡単な朝食を済ませた後、俺は自転車に乗って集合場所に向かった。


 喫茶〈シャインサイド〉。福平ふくだいら大学から歩いて十分の距離にあり、学生や地域住民の憩いの場となっている。今日もお客さんは少なく、曲名はわからないが落ち着いたモダン風なBGMが流れ、いつもなら和やかな時間が流れていた。

 部長はすでに席についていた。まだ八時半だけど、かなり早いな。


「おう、高林! なかなかいい服着てるじゃねーか」

「ありがとうございます。俺のセンスだと自信ないんですが……」

「まあそこまで気負いするな」

「そうですかね……」

「悪くないから、気にするほどじゃないぞ」


 部長は気前よく笑っていた。一方俺は後頭部を掻きながらも、不安と期待が入り混じった不思議な感覚に覆われていた。


***


 部長によると女の子は付き添いの友人と一緒に来るらしい。彼女の友人も演劇部所属で、部長と面識があるとのこと。女子二人を前に会話が成立するかはなはだ不安ではあるが。

 連れの女の子から五分前には着くとSENNに通知があったらしい。俺は部長の指示で外で出迎えるように言われた。いや店の人がすべきだろというツッコミを唱えたいが抑える。


 とはいえ、緊張する。恐怖する場面じゃないのに体の芯から表面まで、つま先から髪の毛の先まで前進がガタガタ震える。

 待つこと数分、


「もう、ハナったらもうちょっとしおらしくしなよー」

「それとこれとは別でしょ。いくら何でも朝早くに起こしにくる必要ないじゃない」

「だってー、男子と会うんだからおしゃれしなきゃ」

「だからって勝手にうちの部屋に入らないでよ」

「えー、でもかわいいじゃん」


 喫茶店前にある歩道を二人の女の子が歩いてきた。

 俺はその二人に釘付けになった。なんと、秋物のローブに身を包んだ黒髪のポニーテールの女の子の隣にこの前ぶつかった女の子がいたのだ。しかも、肩や鎖骨が露わになっているオフショルダーのトップスに、白いミニスカートから伸びる滑らかな脚に見惚みとれてしまった。

 心臓の鼓動が速くなり、なぜか顔が熱くなる……。やばい、俺の本能がっ……!


「何見てんだよ」


 後ろから肩を叩かれ、俺の身体はビクッと跳ねた。振り向くと部長がにやにやしながら俺を見ていた。


「い、いやその……」

「下心は見せちゃダメだ。それは一人の時に妄想しろ」

「意味わかんないんですけど」

「いいか? 初対面なんだから、必要以上にじろじろ見ちゃだめだぞ」

「……はい」


 人差し指を立てて俺に注意する部長。そんなやり取りをする俺たちに明るい声が聞こえてきた。


「あ、千葉さん! 連れてきましたよ!」

「サンキュー、宮部みやべ!」


 ポニーテールの女の子が部長のところにやってくる。俺と女の子の目が合う。彼女の眼球は上下左右に動き、興味深そうに俺を探っている。


「ほうほう。キミが、千葉さんが言ってたオノコか……」


 オノコって……。

 それより、女の人にじっと見つめられるのは慣れない。目の前の子も顔立ちがすっきりしててなかなか可愛かった。

 だが、緊張して声が漏れる。


「あの、ちょっと」

「あ、ごめん。あたし宮部みやべ奈恵なえ。よろしくね」


 俺から目を離し、宮部と名乗る女の子は微笑みながら挨拶した。


「お、俺は高林たかばやし一喜かずきっす。よろしく」

「キミ一回生だよね。あたしもなの。だから、呼び捨てで構わないよ」

「あ、はい」


 ぐいぐい押されるようで、俺は心の中で引いていた。いや、多分この子の話し方が普通なんだろうけど……。


「宮部、おまえはあくまで付き添いだろ?」


 部長の声が俺と宮部さんの間に入った。


「あ、すいませんすいません」


 にやにや笑いながら宮部さんは駐車場側に下がった。そして、


「さ、ハナ。あんたが主役でしょ」

「ええっ!?」


 栗色ストレートの髪の女の子ははっとしたのか、どんぐりまなこが飛び出そうになっていた。


「いや、いきなり……」

「あんたも自己紹介しなさいよ」

「……」


 女の子は緊張しているのかわからないが、俺と向き合った。

 紛れもなく、おとといぶつかったあの女の子だ。


「わ……私、藤安ふじやす羽菜はなです」

「た、高林です。よろしく……」


 返しは返事というより、声が漏れただけ。

 一瞬、沈黙が流れた。なぜか、気まずくなる。部長は後ろで少しあきれ顔になってるし、宮部さんはにやにや笑っている。


 なんとか、この場を切り抜けなければ……! 出会ってすぐ嫌われたら、書けなくなってしまう!


 ふと、俺の脳内に電光が走った。彼女の名前、あの学生証と同じだ。


「あ、あの……学生証、落としてましたけど見つかりましたか?」


 とっさに思いついたことなので、言葉の並びがおかしいが、


「え、学生証あなたが拾ってくれたの?」

「は、はい」

「ありがとうね……」


 藤安さんは顔をうつむけた。

 え、ダメなの!? まずいことになったか……? 嫌な予感がする。

 だが、事態は俺が思いもしなかった方向に動き出した。


「そ、その……あなた……」


 藤安さんが顔を上げた。


「ずっと昔に、どこかで会わなかった……?」


 その刹那、心地よい秋風が俺たちの周りを吹き抜けた。時間が止まる。

 俺は唖然とする。どうやら、後ろにいる部長も同じらしい。


「ふふっ、面白いことになってきた……!」


 そんな宮部さんの声が聞こえた気がするが、俺は開いた口がふさがらなかった。確かに、藤安さんの顔に覚えがない訳じゃないが……。


 運命が、ついに動き始める……!

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