第22話 俺はあいつを問い詰めたい

「ふ、藤安ふじやすさん、そ、その……」


 彼女の茶色い瞳は不安げに俺を映し出す。空気が悪くなる。


「……どうしたの?」


 とりあえず、事情を藤安さんに訊いてみる。


「いや……高林たかばやしくんが明後日の方向を向いてたから……」


 心臓が止まりかけた。

 い、いや、べ、別にやましいことは考えてませんよ?


「なんでもない、なんでもない」

「そう……」

「と、とりあえず、アルパ行こう」


 俺たちは市バスに乗り込むと、ショッピングモールのアルパに向かった。


 バスの中で彼女はなぜか目を辺りにキョロキョロさせながら、周囲を警戒していた。

 俺は心配になって横目で藤安さんを見ていたが、不意に彼女と目が合う。


「あ、ごめん」


 声を出したのは藤安さんだ。


「さっきからどうしたの? 落ち着かない様子だけど」

「……その」


 藤安さんは何故かもじもじしていた。周囲に乗客が数人おり、目線が気になっているのだろうか。


「……降りたら話すね」


***


 アルパ。

 俺と藤安さんはあんまり人がいない駐車場に移動した。人がいるところでは話せない内容だという。


 俺はベンチに腰掛け、駐車場に来るときに自販機で買った温かい缶コーヒーを二つ取り出した。一つは微糖、もう一つは無糖である。


「ありがと……」


 藤安さんはブラック缶コーヒーをひと口飲んだ。

 コーヒーが心を温めてくれるといいが……。


「……落ち着いた?」

「うん」


 とりあえずよかった。心の中で安堵の息をつく。

 俺はさっそく話を切り出した。


「ねえ……何かあった?」

「……変な手紙が来たの」

「変な……手紙っ!?」


 俺は一瞬青ざめた。

 藤安さんによると、今朝方アパートの郵便受けに見知らぬ人物から手紙が来ていたらしい。

 彼女は気味が悪くなりその紙を破り捨てたそうだが、友人の宮部みやべさんに相談するために写真を撮ってSENNに宮部さん宛にメッセージを送ったらしい。


「ナエったらファンレターもらえてよかったじゃんって……他人事ひとごとみたいだし」


 ファンレターだとっ……? 俺の心臓の温度が急上昇する。


 確かに藤安さんはファンが多いと聞いている(千葉ちば部長&宮部さん情報)。だが、俺の断りなしに藤安さんに近づこうとするとは……どこのどいつだ!?


「……よかったら手紙の写真見せてくれない?」

「うん……」


 藤安さんは手紙が映った写真を見せてくれた。


〜〜藤安ふじやす様。覚えてらっしゃるでしょうか。あなたを遠目ながらずっとみておりました。文化祭の演劇、可憐で美しく、華やかでした。あなたが五年前の同級生だとは夢にも思えません。よろしければ一度、会っていただけないでしょうか〜〜  N.D.


 文面に映っていたのは藤安さんのファンとみられる文章。

 俺の目の奥で闘士の炎が燃え盛り始めた。


 誰だよ、N.D.って! 藤安さんは絶対に渡さねーぞ!


ーー高林くん? 大丈夫?


 藤安さんの言葉で我に帰ると、彼女は不思議そうに俺を見つめていた。


「え……」


 彼女の瞳で俺は我に返る。

 そ、その……。

 必死で脳内をフル回転させ、紡ぐべき言葉を探しだす。


「……き、気持ち悪いよね……」


 口からぽつりと必死で探した言葉が出た。

 俺と藤安さんの間に刹那せつな的な沈黙が流れた。

 お、おい。藤安さん困ってるのに何自分勝手なこと考えてるんだ?


「あ、ありがとう」


 時間が動き出し、藤安さんは顔をうつむけ瞳を隠す。


「うん……」


 藤安さん、恥ずかしがっているのか、感謝しているのか、それとも落胆してしまったのか……。俺の脳内でいろんな憶測が飛び交っている。


 少なくとも、悪い事にならなければいいが……。


 沈黙が生じても気まずくなるだけなので、一息つくと俺は話を続けることにした。


「藤安さんは、そのN.D.って人に心当たりはないんだよね」

「うん。でも、私と五年前に会ってたような文面が気になるけど……」


 五年前、俺も藤安さんも中学生であった。差出人名がアルファベット二文字といえばイニシャルだろうけど、そんな奴中学にいたか……?

 でも……イニシャルだけなら、該当するやつが一人いた。


――伊達だて直也なおや


 あいつも、俺たちと同じ中学出身。しかも昨日、藤安さんの公演を観たと話していたのだ。俺は藤安さんに悪友の事ではないか尋ねてみた。


「え、伊達君?」


 藤安さんは首を傾げていた。


「あいつが書いてアパートの郵便受けに入れたんだと思う」

「……でも、どうやって私のアパートが分かったのかな……」


 藤安さんは不安そうに声を漏らす。

 誰かから聞いたか、それとも後をつけられていたのか……。後者は気味が悪いが、どちらにしても真偽は不明だ。


 今度コンビニ行ったら、奴を問い詰めねば……

 藤安さんに会いたいなら、面と向かって言うべきだろう。彼女が怖がっているじゃないか。

 まあ、奴がどんなにかっこよく決めようと、藤安さんをやすやすと渡すわけにはいかないんだけどなっ!


 それはそうと、ずっとここにいても冷えてしまう。当初の目的地、プラネットバックスに行こう。


 プラバ内は相変わらず会社員や、学生で人が多い。

 しかしコーヒーは飲んでしまったので、俺たちはカプチーノと簡単な夕食で一服していた。


 天気とか、演劇部や文芸部の活動のこと、講義など無理やり話をつなげて俺と藤安さんは雑談していた。

 やっぱり、俺は雑談力がないから話題作りにものすごくエネルギーを使ってしまう。幸い、藤安さんも話を振ってくれていたのには助けられたが、やっぱり男としてもっと雑談力を鍛えねばならないと実感した。


 話も盛り上がってきたところで、俺はカプチーノをすすって一息つく。

 さあ、彼女にがっつくぞ。


「それで、今度の週末なんだけど……もし時間が良ければUSO行かない?」


 とりあえず兼ねてから行きたかったUSOを提案してみた。


「あ、ごめん。当日演劇部で合宿があってね」


 申し訳なさそうな顔をする藤安さん。


「合宿? わざわざ演劇部で?」


 合宿と聞くと運動部のイメージがあったがそれを否定するように、藤安さんは一つ頷く。


「粟原温泉で役者の先生と脚本家先生を招いて講義を受けるの。来月末のクリスマスの演劇祭の題材探しも兼ねてるんだけど」


 〈クリスマス福平演劇祭〉は福平駅近くの劇場、KIKOSSAホールで毎年開催される県下最大級の一大イベントで、県内外から高校大学の演劇部や映画研究部が集まる。優勝すると、芸能界や劇団からスカウトされることもあるらしい。


「合宿なら、仕方ないよね……」

「ごめん……!」


 藤安さんは両手を合わせて謝罪する。


「大丈夫、大丈夫!」


 まあ、遠回しに断られると思ったがちゃんとした理由でよかった。


 その後、プラバを出たときには夜八時を回っていた。俺は藤安さんと一緒にアパートに戻った。

 二人きりで歩く夜道はどことなくぎこちない。すでに何回も藤安さんと帰っているが、慣れないのは俺が童貞だからか?


 そのうち慣れるさ! と自分に言い聞かせておこう。


「じゃあ高林くん、また明日」

「うん、藤安さんもおやすみ」


 俺は階段を上る藤安さんを見送った。彼女が消えると俺も部屋に戻る。

 だが、部屋に入ろうとしたとき、俺はどこからか刺すような視線を感じた。


 あたりを見回すが、暗闇には誰もいない。気のせいかと思い、部屋に入った。


 このとき俺は知らなかった。また、大きな波乱が俺たちを飲み込もうとしていたことに。

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