第42話 私は彼女を疑いたい

 ホテルのロビーの一室。

 私たち演劇部員は月島つきしま部長に呼び出され、ロビーに集められていた。


 演劇部の一人が何者かに襲われたという。

 私含め、皆驚きの色を隠せぬ中、


「え? 藤安ふじやすさんが? へえ、連れ去られたんですか」


 無関心に話を聞くのは、私の後輩だった。


「ずいぶん他人行儀なのね。同じ演劇部員が大変な目に遭ってるのに」

「それ、早乙女さおとめさんが言うこと? 私、その方が信じられないんですけど」


 そんなことを平然と言い放つ後輩が逆に信じられなかった。

 確かに、彼女とは敵対した仲だったけどあれはどうしても祖母に私の晴れ舞台を見せたかったからだ。


 私の演技に大女優だった祖母は満足していたし、彼女は今も穏やかに余生を過ごしている。


 今では藤安さんとは良くも悪くも一演劇部員同士の関係になっていた。

 同じ部員である彼女が襲われ、驚かない方がおかしい。


「……貴子たかこ貴方あなたの方こそ信じられないんだけど」

「あら、このに及んで慈悲の心が芽生えたんですか? 早乙女さんらしくないですね」

「……常識がないのはどっちよ」

「? まさか、早乙女さん、私に何か言う気? あれだけお金を工面してあげたのに。それこそ、常識がたりないんじゃない?」


 一瞬口をつぐんでしまった。

 しかし、


「それとこれとは別でしょ?」

「そーなんですかあ? まあ、いいですけど、ふじやすさん助かるといいですねー」


 彼女は無関心な横顔を見せると、フラフラとロビーを後にした。


***


 何が起こったかはわからない。

 いきなり部屋に知らない男が入り込んで、よくわからない場所に連れ込まれた。

 体を縛られ、暗い部屋に放り込まれるが、すぐに照明が灯る。

 しかし、私の前にいる女は艶やかな茶髪をかきあげ、冷たい眼差しを私に向けた。


――久しぶりね。藤安さん……


 あなたは……


 私の記憶から、おぞましき過去が掘り起こされた。

 目の前にいるのは、中学時代の同級生であり、私の大切な人を奪った張本人だからだ。

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