第45話 俺は真相を探りたい

 とりあえず俺は外に出ることにした。ここはとある財閥の持ち主らしく、ところどころにアルファベットで「ORIYAMA BUILDING」のロゴが入った看板が見えるが、このビルの管理会社なのだろう。

 あたりは監視カメラが作動しており、ところどころ恰幅のよいサングラスをかけた男が俺を確認していた。

 浅木は俺が外に出るときに条件を付けていた。

 二十四時間以内に戻るだけでなく、演劇部関係者や警察に助けを呼ばないこと。京都市内から出ないこと。そして、常時監視をつけること。

 俺の行動は浅木が雇い入れた大柄な男たちによって、常に監視されているのだ。


――下手な行動をしたら、その時点でゲームセット。彼女はあの世に行くわよ


 浅木はとにかく、俺たちをこの世から消すことしか考えていないだろう。本来なら、俺がどんな行動に出ようと結果は同じなはずだ。

 だが、状況を変えるには、闇の中から光をこじ開けるには自分から行動を起こすしかなかったのだ。

 どんな結果になるかはわからないけど、俺と藤安さんにとって少しでもいい方向に持って行けるなら……。


 とりあえず、当時の状況を思い返してみる。

 あの時、遠足に参加していたのは俺や藤安さん、浅木以外にも何人かいた。

 とりあえず、彼らから可能な限り情報を集めるしかない。


 俺は公衆電話をさがし、そいつに連絡を入れた。勝手に俺を連絡先に追加した、あのライバルに。


「あ、もしもし。高林だけど。伊達だて、ちょっと時間いいか?」

【お、久しぶりじゃねえか。何の風の吹き回しだ? ハナちゃんにフラれてまだ忘れられないのか? あの子は諦めろ。すぐに新しいカレシ作るだろうから……】

「そうじゃない」


 勝手な話を始めるやつに、俺は釘を刺した。

 聞きたいのは、当時の遠足のことだ。


「なあ、伊達。お前、近衛のこと覚えてるか?」

【なんだよ……いきなり……。俺たちの宿敵近衛だろ? 忘れたいくらいだぜ。女子の前で出せとか、狂ってるよあいつ】


 本来なら同じいじめグループの一員であり、被害者だった俺が知ったことではないが、伊達は浅木や近衛のパシリだった。彼自身も、近衛からひどいいじめを受けていた。


「あいつ、死んだらしい」

【は?】


 愚痴っぽかった伊達の声が変わった。


【おい、死んだって……どういう……】

「今年の春先に、あいつの遺体が遠足に行った近くの崖で見つかったらしいんだ」

【嘘だろ】


 少し沈黙が覆った。俺は次に何を言うか考えていた。

 いきなり遠足のことを話すか……。


 ところが、近衛は俺の思考を遮断した。


【でも何でお前が、近衛が死んだって知ってるんだよ】

「実はな……藤安さんが捕まったんだよ。浅木に……」

【……!】


 驚いているのか受話器からの声が途切れた。


「どうした」

【い、いや……続けてくれ】


 とりあえず俺は話を続け、こうなった事の顛末てんまつを話していく。しかし、受話器の方から荒い息遣いが聞こえてきた。

 俺は一旦話を止めた。


「伊達、大丈夫か?」

【……わりぃ】

「は? 何か悪いことでもしたのか」

【……その……俺のせいかもしれねえ。すまねえ】

「落ち着け。何があったんだ」

【……怒らないで聞いてくれるか?】

「わかったから、早く言ってくれ!」


 小声だが、俺の声も荒げてきた。時間が刻々と迫る中、焦りの色が見え始めていた。


【……ハナちゃんがお前が通う大学の演劇部にいることを俺に教えたの、浅木なんだよ】

「なにっ」


 一瞬、俺の時間が急停止した。衝撃の一言だった。

 

 だが、時間が動き始めると同時に落ち着きを取り戻す。

 そして俺の胸中にある疑念が生まれた。


「それ、本当か」

【ああ……】

「まさかお前も浅木とグルだったのかって言うのかよ」


 この前の合宿前後にあった伊達の騒動の裏に浅木がおり、俺は二人の関係を強く疑った。

 しかし電話の向こうの伊達は、

 

【ちげえよ!! ハナちゃんへの気持ちは本当だったんだよ。そしたら、偶然浅木から電話がかかってきてさ……】


 伊達が言うには、福平ふくだいらさいの直後に浅木から連絡があり、藤安さんの情報が伝えられたという。

 まるで、狙ったかのように。


 俺はまるでこいつが信用ならなかった。パシリとはいえ、浅木の仲間であり俺をいじめていた張本人なんだから。

 あっさり藤安さんから手を引いたのも、まさか目的を達成したからではないかと疑いの目を向けていた。


「本当に、浅木とグルじゃなかったんだよなあ」


 念を押すように、強い口調で問いかける。


【ああ。天に誓ってもいいさ。俺はいさぎよい男なんだ。俺はやってない】

「……」


 伊達のキッパリした声に俺は一瞬立ち止まった。伊達の言っていることが正しいとすれば、奴は藤安さんへの好意を浅木に利用されていただけだ。

 じゃあ、どうして浅木は演劇部の内部情報を知っていたんだ?


 しかし、今は藤安さんを助けることが先決だ。

 伊達の言っていることは、確証はないが信用していい気がした。


「わかった。伊達を信じるよ」

【サンキュな。そして、本当にすまない。俺が騙されたせいでお前もハナちゃんも酷い目に遭わせてしまって……】

「もういいよ。起こってしまったことは仕方ないしさ」


 そして、伊達に訊きたかったことを改めて話しかけた。


「伊達、お前も遠足の時一緒に行ってただろ。藤安さんと近衛が消えた時、何があったか覚えているか?」

【え……すまんな。昔の話だから覚えてねえ】


 まあ、期待するのは早計だよな。

 俺は中学時代のことを思い返していた。こいつは学業もダメだったっけか。


「……お前、相変わらず記憶力弱いなあ。だから万年テスト最下位なんだぞ」

【ほっとけよ。お前も似たようなもんだったろ】

「いやいや、俺は大学生だぜえ?」

【はいはい、強がりお疲れさん。つい最近ぼっち卒業したばかりのくせに】


 俺は思わずムッとした。


「じゃあさ、お前に藤安さんを救える方法あるのかよ」


 少しの間をおいて、受話器から声がした。


【まあ、俺に任せてくれ。俺はお前と違ってリア充だし、昔のダチも多いからさ】

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