第37話 俺は彼女をエスコートしたい
そう、結果オーライってところかしらね。
私は友人からの報告に対し、そう返答した。
通話を切ると、私はシャワーを浴びるため浴室に向かう。
熱いシャワーを浴びる中思う。
ついに、役者は揃った。今から始まるのは……戦い。
ドライヤーで髪を乾かしながら私は大切に持ち歩いている写真を眺めた。私たちを切り裂いたあいつの……仇を取るのだ。
***
秋の京都は言うまでもなく紅葉が有名である。
今年は晩秋になった十一月下旬でも、紅葉は盛りの場所が多かった。東山や嵐山では紅葉狩りの観光客でごった返しているという。
俺は演劇部員ではないので、自費での参加となった。すぐに循環している市のバスに乗り、ロケ地に向かう。
しかし、
あたりを警戒して、敵がいないか探る。
だけど、警戒すべき敵はこのバスには乗っていない。
――
あまりにも顔が固くなっていたのか、肩を叩かれたときに俺は挙動不審になってしまった。
びっくりして振り返ると、
「大丈夫? 顔怖そうだけど」
「な、な、な、なんでもないよ?」
「大丈夫なわけないでしょ。ハナを守ることにいっぱいになりすぎてない? このバスに
「……あ」
図星だった。
ふと瞳を右に向けると、隣に座っていた藤安さんも俺を心配しているのか、顔を俯けていた。
「……ごめんね。高林君」
「い、いいんだよ。俺がやりたかったことだし……絶対君を守りたかったから……」
「え?」
藤安さんが顔を上げる。
俺と彼女の目と目が合う瞬間、パッと光が俺たちに差し込んだ気がした。
時間が止まり、なぜか心臓の拍動が速くなる。しかし、それは決して張り詰めた緊張の糸が切れるようなものではなかった。
「あ、あの……高林君、私……」
「……な、なに?」
しかし、時計の針は強制的に動かされてしまった。
――うおっほん
盛大な咳払いにはっとして振り向くと、腕を組んだ師匠が俺たちに刺すような視線を送っていた。
「いちゃつくのはいいけど、エスコート大事じゃないの? あと、ハナ。告るのはあとからでもいいじゃないの?」
「こ……告るって……」
藤安さんは顔を赤らめるが、茶色い瞳は俺のほうに向けられていた。
思わず俺は目をそらせた。
「宮部さん……まだ俺たちそんな関係じゃ……」
あと、いちゃついてないし。
だが、宮部さんはわざとらしい咳払いする。
「師匠からの伝言。まず、ここは市バス。あんま人がいないところでいちゃつきなさい。次に、肩に力を入れるのも、緩めるのも程々にね」
「あ、はい」
俺と藤安さんは同時に頭を下げた。
とりあえず、リラックスしよう。事件はまだ起こっていない。警戒だけを続けていればいい。
***
清水寺。東山、
紅葉の盛りの中、クリスマスに開催される〈クリスマス福平演劇祭〉出展作品のロケが始まろうとしていた。
しかし、本来なら観光客でごった返しているはずなのに、人がほとんどいない。
紅葉に交じって枯葉がむなしく散っている。
「本当に誰もいないわね……」
「なんでなんだろ……」
何人かの部員が口々にしていると、
――せっかくのロケですからね。うちの力を使えば、こんなもんですよ
その声の主は腕を組んで胸を張った様子で、勝ち誇ったように俺たちを見下ろしていた。
演劇部の女子部員、
部員たちの視線が彼女に向けられる。
「清水寺は貸し切ってるの。思う存分練習できると思います」
内容を補足するように
「実は、折山の実家からご協力を頂いている。それで今日と明日だけお寺を貸し切りで使わせていただけることになった。みんな、精一杯練習に励んでくれ」
部長の言葉に周りがざわつき始める。当然ながら、俺は目ん玉が飛び出そうになった。
おいおい……由緒正しき寺を貸し切るってそんなのありかよ……。つか、どうやって貸し切りの許可もらったんだ……? 前代未聞すぎて解釈が追い付かねえ……。
――まあ、お金の力を使えば餌を捕獲するなんて楽勝よ
なぜか、かすかに聞こえた声に全身が震え立った。
***
さっそくロケの準備が始まった。
演目は和風のクリスマスを題材にした作品。
題名は『白き想ひ』。千葉部長が作った脚本だ。
舞台は大正時代の日本。年の瀬が迫る中、華族階級の女性たちは浮き立っていた。歌に恋心を乗せ、こっそりと意中の相手の邸宅に送っていた。雪降る中、今年も恋を伝える時期がやってきた。名家の女性はアメリカから帰国したある男性に思いを寄せるーーというもの。
脚本は歴史ものにクリスマスを織り込むという異色の作品となっており、だいぶ前から千葉部長と月島部長で構想を練っていたという。
実は藤安さんはこの作品のヒロインを務めている。
ヒロインがいるということは男の主役がいる。部長によれば、演劇部ではないフリーの俳優が演じるらしい。
俺がこの脚本を知らされたのが今日。演劇部員ですらない俺が脚本の内容を知るのは無理な話なのだが、やはり彼氏として非常に気になっていた。
俺は一人、仁王門の前に座り込みもじもじしていた。ロケの準備ができるまで待つことにしていたのだが、落ち着かない。
おい……一体どんな奴が演じるんだ? 誰であろうと藤安さんを守りきるぞ……!
――ほう、お前がハナちゃんの彼氏か。聞いていたよりなんか、フツーって感じ?
顔を上げると、秋晴れの日光にを背に金髪に染め、少し日焼けしたスポーツタイプの男が俺を見下ろしていた。
「お前、誰?」
俺は警戒しながら、奴に視線を送る。
「俺? 俺はな、ハナちゃんの恋人役さ。名前は
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