第8話 俺は彼女とデートしたい
部活が終わると俺は早速アパートに戻り準備した後、アルパに繰り出した。人生初のデート、もうワクワクが止まらないぜ!
実は講義や部活中もニヤニヤが止まらず、周囲から変な視線で見られていたのはいうまでもない。その都度テキストやノートで顔を隠したんだけどな!
ニヤニヤは創作エネルギーに変換されたらしく、ラブコメの設定作りもいつも以上にはかどった。やばい、ニヤニヤが止まらねえ!!
バスに乗って十分ほど、俺はショッピングモール〈アルパ〉に到着した。夕方六時ごろで真っ暗だが、会社や学校からの帰りの人たちで溢れていた。
時間を潰すため、俺は持ってきた小説を取り出した。
『鉄拳のブルー・サファイア』
シンガポールを舞台に探偵と怪盗が海賊が残した
読んでいると自然と物語に引き込まれてしまう。俺はベンチに座りながら、読書に没頭していた。
没頭していたためか、全て読み切ってしまった。ふと、腕時計を見ると夜七時を過ぎていた。
藤安さんは来ているのか?
「ごめん……
透き通るきれいな声が、俺の耳に心地よく響く。
顔を上げると、色白の肌が露わになった赤いオフショルダーのトップスに、白く丈の短いぴっちりしたタイトスカート。そこから伸びる暗闇でも光り輝く艶やかな脚。
やべえ、心拍数が爆上がりだ。
俺の顔と本能は彼女の下半身に引きつけられ、理性も捻じ曲げられそうになるが、なんとか顔を彼女に向けた。
目の前にいるのは
「ふっ、藤安さん……!?」
「ごめんね……。とりあえず、行きましょうか」
***
さて俺と藤安さん、二人きりのデートが始まった。誰にも邪魔されない、二人だけの時間。
しかし、俺たちは早速問題に直面していた。
何をすればいいか、わからん……!
とりあえずアルパの前に来たところまではいい。だが、俺たちの足は自動ドアの前で止まってしまったのだ。
「え、えーと、どうしよう」
異性と二人だけという環境が俺にとって劇薬だった。頭が真っ白になって、次に何をしたらいいかわからなくなってしまった。
とりあえず、夜だしーー
「ご、ご飯にしよう、か?」
震える口からマシンガンのように言葉が漏れた。
「そ、そうだね」
一つ頷いた藤安さんも緊張しているのか、横目で俺を見ていた。
さて、どこで食べようかーーアルパはレストランや喫茶店も多いし、何より俺はどこで食べるか決めていないのだ。
「ねえ、とりあえずプラバに行こうよ」
「プ、プラバ!?」
きょとんとして藤安さんの顔を見る。「プラバ」と聞いて何のことか分からず焦ってしまった。
「〈プラネットバックス〉にしようよ。いいでしょ?」
「え、うん」
プラネットバックスは全国的に有名な、外資系のコーヒーショップである。県内では数店舗しかないが、数少ない若者たちの憩いの場である。
まあ、ぼっちの俺には縁遠い場所なんだけど。
窓際の席に二人向かい合って座る。
藤安さんはホットのブラックコーヒーを頼んでいた。俺はどうしようか悩むが、やはり微糖じゃないと。
メニューを眺めていると、ふと部長の一言が頭をよぎった。
ーーブラックも飲めないようなやつに、恋愛は無理だって言ってんだよ
そんなわけないだろ、とあの時は内心でツッコミを入れた。だけど、ブラックを頼んだ藤安さんを見て、なぜか自分もブラックでなきゃだめだと思い始めた。
カッコいいとこ見せなきゃ……!
「ご注文はお決まりですか?」
黒いエプロンを身に付けた女性店員が俺の注文を待っていた。勇気を振り絞り、声を出す……!
「あ、あのブラックのアイスコーヒーで。し、シュガーとミルクは抜いてください」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
店員が去ると、俺は心の中でため息をついた。なんとか頼めたけど、これで良かったのか?
ふと藤安さんを見ると、彼女は意外そうな顔で俺を見ていた。
「ど、どうしたの? 顔に何かついてる?」
「いや、顔が硬そうだから……。もっとリラックスすればいいのに」
「あ……」
一瞬はっとする。俺は異性に対して緊張しすぎだ。ここは肩の力を抜かねば。
お冷やを飲んで体を水で癒すと、気分が落ち着いてくる。
「ふう、ありがとう」
「ガチガチだとおしゃべりできないからね」
やがて頼んだコーヒーがやってきた。とりあえずブラックコーヒーを飲んで落ち着きたいが、俺は甘党。
前にいる藤安さんは一口飲んでいる。
とりあえず、バカにされたくないし俺もコーヒーを口にする……苦さが口いっぱいに充満し、体が拒絶反応を示す。俺は水を口にし、コーヒーを薄めて胃袋に流し込んだ。
「苦いの好きじゃないの?」
藤安さんの声が俺の胸に刺さった。
「いや、そんなことは」
「嘘つかなくていいと思うけど。好き嫌いって誰だってあると思うから」
「……」
見抜かれていた。いや、俺の様子を見たら誰だってわかるか。
「とりあえず、シロップとミルク頼んだら?」
「うん……」
「無理に強がるところ、全然変わってないじゃない」
「え?」
藤安さんの言葉に違和感を覚えた。てっきり彼女は俺を忘れていると思ったから。
「全然変わってないって……」
「ん? なんでもないわ。昔のこと思い出しただけ」
そして、彼女はコーヒーを飲んで暗くなった外を眺めた。まるで何かを懐かしむような、しんみりした様子で。
俺は一瞬見とれていたが、藤安さんとの間に沈黙が生まれたことに気づいた。
やばい、何か話さないと。話題なんていつも他の人が振ってくれているから、自分は慣れていない。部長はなんでもいいと言っていたけど。
とりあえず、演劇のことでも聞いてみようかな。確か福平祭の公演練習をしているという。
「あ、あの……藤安さんって部活、演劇してるんだよね。何練習してるの?」
藤安さんは窓から目を離した。
「『オペラ座の恋』っていう恋愛もの」
藤安さんによれば、有名な小説を題材にした作品で台本は千葉部長が作っていたという。
「で、どんな役だったの?」
「主役だった」
「え、すごいじゃん。まあ、どれだけすごいか知らないけど……」
「……」
「?」
彼女は顔を俯けた。横顔はどこか寂しそうだった。
まずいこと、聞いちゃった? 地雷だったか?
「それは嬉しいんだけど……ね」
「どうしたの?」
「私ね、役降りたいの」
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