第7話 私は主役を守りたい
再会から二日後の夕方。
ここは
――ああ、どうしてあなたは姿を見せないの? 私の気持ちはこれほどあなたを思っているのに……。あなたが誰であろうとかまわない。どうか、私の前に現れて……!
ステージの照明の下に私一人。周囲の人々の目は、私に向けられている。
二週間後に開催される
演目は『オペラ座の恋』。オペラ座に棲む謎の覆面俳優と、美しき駆け出し女優の恋物語である。
千葉さんが作ってくれた台本をもとに、私は演じた。声に感情が乗り、私の声だけが体育館に響いていた。
演じ終わると、体育館に拍手
「さすがだ
演劇部部長の月島さんがやってくる。
私は声で乾いた喉を潤すため、ペットボトルのスポーツドリンクを口にした。
「すごいよ! 本当にクリスティーヌがそこにいるみたいだ」
「ふう。ありがとうございます」
「あらためて今度の福平祭の公演、主役頼んでいいかな」
月島さんの声に私は笑顔で答えた。
「はい!」
一年で劇の主役に
「みんなもいいよな!」
月島さんは体育館にいた他の部員の意見も確認した。みんなの意見は様々だったが、概ね賛成していた。
「よし、じゃあ正式に頼むよ」
「わかりました」
ひとまず今日の練習はお開きとなった。更衣室で帰る準備をしていると、
「ハナ、やったじゃん! 主役おめでとう!」
ナエがブラックの缶コーヒーを持って来た。彼女はひょいと下投げで缶コーヒーを投げつける。私は顔の前で右手でキャッチした。
「ありがと、ナエ! まさかいきなり主役になれるなんて思わなかったわ」
「ハナならできると思ったよ。あたしもハナが綺麗に映るように頑張るから、一緒に頑張ろうね!」
「うん!」
友人は嬉しそうに微笑んでいた。
――なんであの子があ? 信じらんないんだけど。一年なら大人しく雑用しとけばいいのよ
――言い過ぎですよ。
幸せな時間を引き裂く、不快な雑音。私は
特に、明るいブロンドの髪を肩まで伸ばしたつり目の女子部員は私を睨みつけていた。
あれは早乙女さんと
「あ、こっち見てる。キモくない?」
「だから早乙女さん、聞こえてますって」
「
折山さんが早乙女さんをなだめていた。しかし、早乙女さんはそんなこと無視するかのように私を睨んでいる。
私はなぜか足がすくんで動けない。早乙女さんの目はまるでギリシャ神話に出てくる蛇の怪物、ヒュドラだった。
「藤安さん、何なの? 言いなさいよ」
「……」
「なんでこっち見てるの」
「それは……」
唇がガタガタと震え、動けない私。しかし、すぐに私は手を引かれた。私の右手の先にナエがいた。
「行こう、ハナ」
「えっ」
ナエは何も言わず、私は引っ張った。すぐに鞄を持ち上げ、ふと早乙女さんを確認しようとしたが、ナエはそんな時間を私に与えてくれなかった。
***
手を引かれ私は構内のカフェテリアに連れ込まれた。夕方なので人はほとんどない。
私は息を切らせて、いきなり手を引いた友人を見ていた。
「ナエ……ありがと」
力なく、あの場を助けてくれた友人に話す。
ナエはくるりとこちらに体を向けた。
「それはいいけど……なんでフリーズしてたの?」
「だって早乙女さんだし……」
しかし高いプライドを持っていて、周囲にキツく当たることもあって敬遠する部員もいた。私もその一人だ。
「早乙女さんだからってなんなのよ。確かにあの人私も好きじゃないけど、あんたが部長に認められて勝ち取った主役を横取りしようとしてるのよ? 嫌じゃないの?」
「嫌だけど……」
「なら守りなさいよ、主役!」
ナエの言葉に私の頭にあの光景が
ーー
きつい形相の女子生徒が私に人差し指を突きつけて非難する。周囲の生徒も彼女に同調する。私は硬直して動けなかった。
あの時と同じだ。
ちっとも変わってない。
守るべきものがあるのに、守れてない。私って本当にバカだわ。
「うん。ごめんね、ナエ」
ナエは
「謝ることないでしょ? 早乙女さんのことは明日、月島さんに相談しようよ」
「うん……」
そして、ナエは気分転換を促すようにテーブル席に座り、にっこりと笑顔を浮かべた。
「暗い話はこの辺にして、あんたも座ったら?」
「うん」
丸椅子に腰掛けると、ナエはニヤつきながら顔を近づけた。
「ところでさ、あんたこれから
「え!?」
唐突にナエから放たれた弾丸が私の脳天に直撃した。
どうして知ってんの?
「ははーん、その面食らった様子だと事実のようですな」
「……そう、だけど」
「裏ルートで知ったのよ」
「はあ?」
ドヤ顔で笑うナエに私はため息をつく。
どうせ
「でさ、どこ行くの?」
ナエは目を輝かせているが、場所は知らないようだ。
よし、反撃だ。
「教えなーい。これからのお楽しみだもん」
「えー、教えて教えてー!」
小学生みたいに足をバタつかせ、ナエは物をねだるように私を見ていた。ついさっきまでのナエとは大違いである。
「だーめ。まあ、今度なら考えていいかも」
「けちー!」
ナエは頬を膨らませ、ぷいと私から目を離した。
私は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、私デート行ってくるから! ありがとね、ナエ!」
「ふーんだ。絶対聞き出してやるんだから!」
そしてナエは口から空気を吐き出すと、
「とりあえず頑張ってね。高林くん、ウブみたいだし」
「うん」
少し不安だけど、今はデートに行くしかない。気分転換になればいいんだけど。
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