第36話 俺は敵に立ち向かいたい

 俺はすぐに京都に出向くため準備にとりかかった。彼女を本気で守り抜く。彼氏として。

 俺には自覚が足りなかったのかもしれない。彼女に向き合ってこなかったのかもしれない。

 今、否応なく立ち塞がる敵に俺たちは立ち向かおうとしていた。

 彼女から失った信頼を取り戻し、彼女の男になるのだ。


 そして、翌日、千葉ちば部長が運転する車で、俺と藤安ふじやすさんは京都に向かっていた。他の部員たちもそれぞれ用事があるため集合は京都駅となっていた。


 部長にはその日のうちにSENN《セン》でメッセージを入れたが、部長は驚いた様子で返信してきた。


カズキ[部長、俺も京都行きます]

千葉[おい、なんの風の吹き回しだよ! 執筆いいのかよ!]

カズキ[それどころじゃないんですよ! 俺の人生、いや、俺らの人生における最大の危機なんす!]

千葉[一難去ってまた一難かよ^^;]

カズキ[今度のはライバルなんて生温いものじゃないです。まさしく、敵でなんです! そいつが俺と彼女を狙ってるんです!]

千葉[はあ?]

カズキ[俺たち、殺されるかもしれないんですよ……]


 部長のメッセージから、わずか十秒で送信していた。部長は最初こそ半信半疑で俺をからかうような言動だったが、藤安さんの話を交えて、過去の出来事も話すと部長の様子も徐々に変わっていった。

 本当は京都に行きたくない。だけど、彼女は練習に出なければならない。

 俺は藤安さんを守るためにともに京都に向かうことにした。


 俺は秋晴れの空を眺めていた。例年より暖かかったためか、十一月も終わりに近づいているのに紅葉はまだ見ごろを迎えている。

 俺は心を冷静に、しかし燃え盛る紅葉のように燃やしていた。


「びっくりしたぜ。なんか覚悟を決めたような顔だったからよ。まさか、お前が本気で藤安を守ろうと思ってたなんてさ」


 部長の言葉に俺は彼に目を向けた。


「今度の事件はマジでやばいですからね。俺も男として、やるべきことはやりますよ」

「……でも気を付けろよ。無茶してお前がいらん目に遭ったら……」


 何故か部長の目が真剣になっている。

 俺は思わず笑ってしまった。胸を張って返答する。


「大丈夫ですよ! 俺も男ですから。覚悟は決めてます」

「だといいけどさ」


 ふと俺は隣の座席にいる藤安さんが視界に入る。彼女は少しばかり、安堵したのか部長が作ったとみられる脚本を落ち着いた様子で目を通していた。

 少しでも、心に余裕ができたようで俺はほっとしていた。


***


 しばらくして、部長の車は京都駅に到着した。

 天高く青い空の下、すでに見覚えのある数人がバスターミナルに集まっている。その中にいる一人が俺たちに気づくとこちらに走ってきた。


「あら、意外なお方がいらっしゃるじゃん」


 黒髪ポニーテールの女の子が俺たちの前に現れた。


高林たかばやし君、どうやらハナをストーカーしたいみたいじゃない。フラれたの根に持ってるの?」


 にやにやしながら俺に顔を覗かせる宮部さん。俺は内心顔を赤らめながらも、冷静さを保っていた――というより、こんな時にからかわれても困る。


「……多分フラれてない。藤安さんは一言も別れようって言ってない。でも、ちょっと事情があって一緒に来たんだよ」

「事情?」


 宮部さんの様子が一転した。俺は彼女に事情を話すと、宮部さんは真剣に俺の話を聞いてくれた。


「そう……。ハナが脅迫されてたのね」

「うん。今度こそ、本気でシャレにならないって思ったんだ」

「昔からの因縁を付けられてたとか、震えが止まらないわ」

「こんな時こそ、男である俺が守らないといけないからさ」


 俺は宮部さんにそう話すと、彼女は秋晴れの空を眺めて、


「さすがね。ハナに相応しい男になったって感じ」

「……だといいんだけどさ」


 思わずにやけてしまった。

 宮部さんは俺の隣にいた藤安さんに目を向けると、


「ハナ、よかったじゃん。カレシはまだあんたを嫌ってないわよ」

「え?」


 きょとんとした顔を親友を眺める彼女。

 しかし、宮部さんは半分呆れて口を開けた。


「高林君、かっこいいじゃん。本当に理想のカレシって感じ! あんたも鈍感よねえ」

「……」


 俺は何があったのかわからなかったが、宮部さんが言うには藤安さんは合宿の帰り、藤安さんから俺との出来事での悩みの相談を受けたらしい。

 宮部さんは、今はそっとした方がいいと話していたが、その心配は杞憂だった。

 だけど、後から知ることになったが、宮部さんは俺が藤安さんを嫌っていないと確信していたようだ。


「宮部さん、ありがとう」


 思わず師匠に感謝してしまった。


「お礼なんていらないわよ。あたしはハナの相談に乗っただけ」


 そう言って師匠はウインクした。 


「自信持てばいいじゃん。あんたはハナのカレシだって」

「うん」

――あら、結局来たのね。気が変わったんですか?


 どこからか聞こえる、聞き覚えのあるぴょんぴょん飛び跳ねるような甲高い声……

 声の主――茶髪のツインテールの女の子が俺たちに気づき、こちらにやってくる。

 場の空気が変わった。


「高林くーん。あたし? 覚えてる? 結局京都に来たんだ。嬉しいなっ」


 折山おりやま貴子たかこ――この前、俺に電話をかけてきた演劇部の女子部員。裏で何を考えているかわからない、俺に言わせれば危険人物だった。

 なぜか、こいつの前では忌々しき中学時代のいじめの光景が映ってしまう。


「そんなわけねえって」

「ほんとお? 風の便りによるとあんた、恋人にフラれたそうじゃないの。あ、でもさっきの話聞く限りい? フラれてないって感じ?」


 折山はじりじりと距離を詰め、顔を近づけてくる。俺は思わず身を引いた。

 彼女の容姿は演劇部員だけあって、小顔でかわいい部類だった。なぜか、甘い女性特有の香りが鼻を刺激し、隙を作り出そうとさせる。

 でも、可愛いからと言って性格の良し悪しは別である。俺はこいつからただならぬ負のオーラを感じ取っていた。

 俺は折山を追い返すため、話を片付ける。


「とにかく、京都来たのはあんたとは一切関係ない。以上」

「ちっ。まあ、いいけど。精々観光を楽しむことね」


 案外あっさりと引き下がった。

 藤安さんは不安そうな目をしていたが、宮部さんは折山を睨みつけていた。


「なんなの? 折山さん、久々に出てきたと思ったらいきなりあんな態度。一時期の早乙女さおとめさんみたいじゃない」

「やっぱり、演劇部にも顔を出してなかったんだ」

「うん。フラッと消えたくせに、京都行くことになったらいきなり月島つきしま部長に電話かかってきたそうなの」


 早乙女さんは福平祭ふくだいらさい後もたびたび部活に参加していたが、折山は大学にも来ていなかったらしい。いったい家で何をしていたのか聞く者もいたというが、彼女はぐらかすだけで何もしゃべらなかったという。

 当の折山はまた演劇部員たちのグループに戻ると、スマホをいじり始めた。

 とりあえず俺たちもここにいてはしょうがないので集合場所に向かうことにした。


 だが、この時俺は気づいていなかった。

 すでに俺たちはあいつらのてのひらの上で泳がされていたのだ。

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