第56話 俺はラブコメを完成させたい[最終回]

 その日は夜遅くにハナちゃんと一緒に家路についた。

 家に帰るまでがデートである。しかし、俺もそしてハナちゃんも今日の余韻にずっと浸っていた。いや、浸っていたかった。

 あの熱くて甘い口の感触――今でも口の中に残っている……


 そして告白時に出ていた謎のパワーのせいで、エネルギーの消耗がハンパない。ラブコメやら恋愛ものならここからベッドで大人のたしなみに発展するんだろうけど、俺にその体力は残っていない。


 そのせいか、帰りは俺もハナちゃんも一言もしゃべっていなかった。

 まともに声を掛けられたのは別れ際だけ。


「送ってくれてありがとう……カズキくん……」

「うん……。おやすみ」

「おやすみ……」


 とはいっても、ハナちゃんは顔を少し赤らめながらも、幸せそうな様子だった。


 俺もアパートに戻り、思いっきりベッドにダイブした。

 告白なんか生まれて初めてだし、そもそも今思い返せば俺、めっちゃ気障きざなことしてないか?

 腹の底から不思議パワーがみなぎって、その流れで告白アンドキスだよ。その時の俺の発言が「君をヒロインにしたい」とかどんだけかっこつけなんだよ。


 まあ、結果的にハナちゃんも俺の事好きだったみたいだし、よかったけど……。


 そういえば、明日は予行練習だっけか……。多分、宮部みやべさんは今でも俺たちを告白させようと躍起になってるだろうな……。


 もう終わっちゃったから……なんか、宮部さんに悪いことしたなあ……。


 とりあえず、今日は寝よう。


***


 翌日。 

 予行練習当日、俺はノートパソコンに向かい合っていた。


 そういや、今日までに作品を完成させないといけないんだっけ……。まあ、すでに決着はついているから、一夜の経験を書き足せばいいだけなんだけど。


 昼頃に喫茶〈シャインサイド〉に来てほしいと宮部さんからのメッセージが来ていた。〈シャインサイド〉といえば俺とハナちゃんの再会となった場所だ。

 そこで作戦会議をした後、近くの公民館を借りて予行練習をするそうだが……。


 とりあえず、ラブコメ完成させよう。


 十二時過ぎ、俺は自転車を走らせて喫茶店に向かった。


「よう、久しぶりじゃねえか! 元気になったか?」


 喫茶店では千葉ちば部長がコーヒーを飲みながら俺に手を振っていた。


「もう、完治しましたよ! コンテストも無事に一次選考通過しました」

「おう、よくやったじゃん。俺が藤安ふじやすを紹介したの、正解だっただぞ?」

「まだ二次選考と最終選考がありますけどね」

「ははは。とりあえず座れよ」


 俺は千葉部長の向かいに座る。俺は改めて喫茶店の様子に目をやった。今日もお客さんは少なく、曲名はわからないが落ち着いたモダン風なBGMが流れ、いつもの和やかな時間が流れていた。

 そう、彼女とを紹介してもらったときと同じだ。


「それにしてもお前、いつもより表情が清々しいじゃん。何かいいことあったのか?」

「え、まあ……とりあえず」


 まだあの余韻は残っている。

 しかし、作品を完結させることはできた。それでごまかそう。


「作品が完成したんですよ。実は宮部さんに今日までに仕上げろって言われて」

「予行練習に使うためだろ? ったく、お前もなかなか藤安に話を切り出せないんだろ」


 部長はにやにやしている。


「小説の中だと、割とスムーズに言ったんですけどね……」

「リアルとフィクションの世界は別だからなー。現実で藤安が愛想つかしてなければいいなー」

「あはは……」

 

 後頭部がかゆくなる。まあ、現時点にその心配はない。


 とはいえ、他人から半人前に見えても少しでも一人前の男だという自覚を持たねば。


 その時、ガチャリとドアノブと鈴が鳴る音がした。


「お、男性陣早いじゃーん!」


 振り向くと俺の師匠であり、彼女の親友である宮部みやべ奈恵なえさんが手を振っている。その隣には、やっぱり彼女もいた。


「おはよー。高林たかばやし君、小説できた?」

「とりあえずは」

「よしっ」


 そういうとハナちゃんと宮部さんは俺と千葉部長の隣に座った。


 早速予行練習の作戦会議が始まった。部長も宮部さんも俺たちが互いの気持ちを伝えあい、キスまで済ませたことを知らない。

 俺は左右の瞳を左にやった。ハナちゃんも茶色い瞳を俺に向けた。


 そっと耳打ちする。


「……内緒にしておいた方がいいよね」

「……そうね」


 俺は思わず苦笑してしまった。それは相方も同じだった。


「ちょっと、そこの二人! 話聞いてんの?」


 宮部さんが声を上げている。


「あ、ごめん!」

「ったく、主役が会議に参加しなくてどうすんのよ! あたし真面目なんだから」


 真面目って……宮部さん……。


 俺は笑いをこらえるため、お冷を口にした。

 ハナちゃんはハンカチを口に当て、必死で抑えているようだ。


「ちょっと、なによー! まさか、あんたたち……もう……」

「ナエ、まだ何にもしてないって」

「ほんとー? まあ、やったとしてもまたヘタレくんは逃げたんだろうけどねー」


 宮部さんはにやつきながらも、また話に戻っていった。


 まあ、俺たちのことを伝えるのはまた今度でもいいだろう。俺のラブコメは完成したし、彼女との関係も大きく前に進めることができたのだ。


***


 それから二か月後の二月。

 俺はアパートでノートパソコンとにらめっこしていた。


 今日は最終選考の発表日である。先月下旬の二次選考は突破することができた。

 俺は心臓を震わせながら、サイトの結果発表を見る。


【佳作】


『俺はラブコメが書けない』(カズキ)


 お、名前があるじゃん! だけど、【佳作】かあ……。確か、もらえるのって賞金だけだったよなあ……。まあ、いきなり書籍化は無理かあ。


 俺は天井を眺めた。


 悔しかったと言えば悔しかったけど、大賞はまた次の作品で取ればいいんだ。


 俺は結果をさっそく隣の部屋にいる恋人にSENNに添付して送った。まだ朝早いから、返事はまだだろう。

 千葉部長にもメッセージ送っておくか。


 俺はカーテンを開けた。

 冬晴れの澄んだ青空が広がっている。まもなく冬が終わり、春が来る。


 新しい一日の始まりである。


 ピンポン、とSENNに通知が入る。なんと、ハナちゃんからだった。


ハナ[おめでとう! お祝いって言ってはあれだけど、どこか食べに行かない? 朝ごはんまだでしょ?]


 俺はすぐに返事を送った。


カズキ[ありがとう! でも佳作だけど……]

ハナ[いいって、そんなの]

カズキ[ははは(^^) 準備できたら迎えに行くよ]


 そして、メッセージを送信する。

 準備が終わり、俺は外に出た。青空が広がる空の下、俺は大きく深呼吸した。


 ガチャリとドアが開くと隣の部屋から彼女が出てきた。


「おはよー。とりあえず入賞おめでとう!」

「ありがとう! それにしても早いね」

「早くあなたと行きたかったから。今日はお祝いしてあげる」

「……ありがとう! うん、行こう!」


 俺たちは二人、歩み出した。


 ハナちゃんとの関係も次のステップへ進めて行こう。俺たちの物語はまだまだ続いていくのだから。


                       (『俺はラブコメが書けない』おしまい)

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