第33話 俺は壁を乗り越えたい
俺は徘徊する廃人のようにアパートに戻った。
朝食をどこかで済ませようか考えたが、食べる気になれなかった。
恋愛する気力も執筆意欲も消え失せ、精力が空っぽになっている。
俺はフラれたんだ。改めて思い知らされた。
これから、どうすればいいんだろう。
一人考えてもらちが明かないことをぼんやりと考えていた。
彼女は想像以上に過去にとらわれていた……いや、俺が彼女に相応しい男じゃないからだ。俺は、松田を超える男にならなければならないのだ。
とりあえず、今はそっとしたほうがいいのかもしれない。
俺はコンビニで買ったカップラーメンにお湯を注ぎ、スマホの時計を眺めた。
現在夕方の六時。今日はまるで何もしていなかった。すでにコンテストの期限が間近に迫っているが、なかなか手を付けられずにいた。
どちらにしても書かないといけない。
気分転換になるかもしれない。一念発起で書いてみるか。
書けるという根拠はどこにもないけれど、やらないよりはましである。せっかく自分と藤安さんの関係をもとに小説を書くんだから、気持ちの整理もできるだろう。
俺は夕食の後、ノートパソコンを立ち上げると、さっそくこれまでのことをもとに執筆を始めた。
***
それからどれくらいの時間が経っただろうか。すでに数時間が経ち、夜も更けてきた。
スムーズに執筆が進み、筆が止まらなかった。
主人公はヘタレな趣味物書きが演劇部女優に恋をする物語。まさに俺と藤安さん。俺たちのこれまでの七転び八起きな恋路が描かれている。困難を乗り越えて、絆を深めていくのだ。
しかし今、俺は大問題にぶち当たっていた。
小説はこれまでの経験を書けばいいんだから簡単だと思いきや、そうはいかなかった。
どうやって彼女と主人公をくっつける……?
何か状況をひっくり返せるようなイベントがあれば、距離は近づけるだろうけど……。
面白くしたいと思って二人に苦難を与えて仲を悪くさせたが、その先を考えていなかった。人間関係の修復……俺のコミュ障が祟っている。
過去の事件に囚われて動けない彼女を助けないといけないのに……。
――あー、どうしたらいいんだ……
大の字に寝転がり、天井を見上げた。
まさに今の俺と藤安さんの状態だ。小説の中でも、現実の高いハードルがせりあがっていたのだ。
必要な字数は十万字。とりあえず八万字は書けたけれど、ラストスパートが書けない。
大事件のイベントを作って、ヒロインを救わないといけない。
いい方法はないのか……。
その時、俺のスマホが鳴った。
画面には「非通知」と表示されている。いったい誰だろうか。
「もしもし……」
【あ、
声の低い、女のような声。
俺は警戒心を高めた。
「誰」
【忘れたの? あたしだよあたし。二週間ぶりくらいじゃない?】
「は?」
そのあと、女は自分の名前を告げたが、その瞬間俺の身体は凍り付いた。
――なんで……あんたが
***
翌日、俺は目覚めもすっきりしなかった。今日は休日だが、気分は晴れない。
昨日の奇妙な電話が胸に張り付いていた。
あいつ……何のつもりなんだ。いきなり京都に来いって……。
正直、俺には時間が残されていない。京都に行く暇なんてないんだよ。
あと二万字書ければ募集要件は満たせるけど、集中力とか、体力だけでなく、ネタ探しを考えて四日で二万字書けるのか……?
とりあえず俺はコンビニに朝食を買いに行った。
三セクの駅前にあるコンビニ。おにぎりとお茶を購入し、外に出ようとすると、
ーーお、高林! メシ買いに来たのか?
声の主は
「まあ……」
「元気ないじゃねえか。藤安にフラれたのが心残りなのか?」
「……」
俺は顔を俯けた。
全然違う。まあ、藤安さんのことも残念だとは思っているが……。
「お? その通りみてえだな。俺で良ければ相談に乗ってやるぜ?」
「そうじゃなくて、執筆のことで迷ってて……」
「どうしたんだ?」
「……ここでは話せないんで、移動していいですか?」
部長が朝食を買うのを待ったあと、俺たちは近くにある公園に移動した。
偶然部長が来てくれたのは奇跡だった。
ベンチに座る大学生二人。俺はお茶を一口飲むと、今の悩みを打ち明けた。
「ほう、時間がないからこれまでの藤安との恋愛経験をネタに執筆してると」
「はい。でも、現実の藤安さんとの問題が小説でも起きてしまって……。もう締め切りまで時間ないんですよ……。どうしましょ……」
腕を組んで部長は考え込む仕草を見せた。
俺は今考えている案を話す。
「個人的には大きな事件がないと近づけないと思うんです。ヒロインに主人公のかっこいいところを見せて、二人は結ばれる……みたいな。そのイベントが思いつかないんですよね」
しばらくして、部長は人差し指を立てて俺にウインクした。
「いい方法がある。ヒロインを命に関わる状況にさせればいいんだよ。そして、彼女を救出するために主人公が奮闘していくという筋書き……どうだ?」
「かなり即席な案ですね……」
俺は後頭部が痒くなった。
うん。ありがち。
「まあ、たまには王道を貫くのも手だぜ? 個性の味付けは完成した後にすればいいんだ。今は時間がないんだろ?」
「そうですけど」
「騙されたと思ってやってみろよ。例えば、旅行先でテロリストに襲われるとかでもいいしさ」
「……わかりました」
とりあえず事件の構想も練られていないので、即席だが部長の案を借りることにした。
時間は、残されていないのだ。
しかし、俺は気付いていなかった。
現実に俺たちを巻き込む危機的な事件が起ころうとしていたことに。
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