紅の京都編

第32話 私は自分を変えていきたい

 なんであんなきついこと、言っちゃったんだろう。


 翌日、合宿はホテルで解散となり、私は疲れたので早めに帰ることを伝えた。月島つきしまさんに送ってもらい、アパートに戻る。

 ふと、彼の部屋のドアに目をやる。

 郵便物がそのままになっているが、まだ帰っていないのだろうか。


 彼は私に尽くしてくれている。本気になって仲良くしようとしてくれている。

 なのに、なんで私……裏切っちゃったんだろう。


 アパートの寝室に戻ると、部屋着に着替え、ベッドに寝転んだ。

 体が沈み、私の気持ちも闇の泥水に淀んでいく。


――松田まつだは君を苦しみから解き放ってほしいって思ってるんじゃない?


 彼の一言が私の胸にのしかかる。私は布団を握りしめ、目を閉じた。


 ごめんなさい……高林たかばやし君。


 いろんなことがあった疲れのせいか、瞼が重くなっていく。私はゆっくりと意識を手放した。


***


 それははっきり映像に映った夢だった。

 時は二学期が始まって間もない秋の事。私は家の仏間にいた。


 目の前にはまだ幼い少年の写真。口元がどこか、私に似ていた。


――ハナってさ、だいぶ明るくなったよな。両親もいつも通りに戻ったんだろ?

――うん。じゅん君のおかげだよ

――いや、俺は関係ないだろ


 彼は笑いながら後頭部を描いている。だけど、彼の優しげな瞳から溢れる笑みに、私は何度も助けられたのだ。


――きっと明人あきとくんもハナが明るくなったの、喜んでるって

――うん


 本当に幸せだった。彼がいたから、私は生きてこられたのだ。


 だが、あいつらによって私と松田くんは引き裂かれた。

 突如、目の前の光景が変わる。

 見慣れた教室、教壇に立つ女、そして…….周囲から視線。

 私は真ん中で教壇の女と対面していた。


―― 松田まつだくんはあんたのせいで死んだのよ! 学級委員なら責任取りなさい!


 女の大声と共に視線の弓矢、罵声と嘲笑の津波が襲いかかる。

 支えを失ったわたしの小さな力で耐えられない。

 純くんは……いない。


 いやああああああっ!!!


 絶叫と共に、私は現実に引き戻される。

 私は起き上がり、覚醒した。


 夢だったのか……冷や汗が止まらない。


 朝七時。もう朝だ。


 思い出す、あの女。

 あいつらから濡れ衣を着られさせてしまい、地獄のどん底に突き落とされた。

 あれ以来、私から光が消えた。

 私は大切な人を二人も失い、さらに一人を突き放そうとしている。


 だけど高林くんが言うように、本当に純くんが望んでいることなのか。


 私はカーテンを開けた。朝日が差し込み、私の顔が明るく照らされていく。

 私も変わる時なのかもしれない。


 いや、否応なく変わらなければならないのだ。すでに次の事態は軽快な音を立てて、しかし確実に私に襲い掛かろうとしていた。

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