第10話 俺は度胸を身に付けたい
深夜一時。
ヘタレだった俺にも彼女が出来たんだ。これで俺も一人前の男だ。馬鹿にしてきた奴らを見返せる! 今までの俺とは何もかも違うんだ!
暗い室内、ベッドの中で俺は心の中で叫んでいた。
現在、俺は歓喜に包まれていた。暗く長かった冬が終わり、春が来たような気分だ。
まだどうなるか分からないけど、これから少しずつでもいいから仲良くなっていきたい!
明日部長に報告するのが楽しみだ。どうやって報告しようか、俺は頭の中で色々思案していた。
あ、それ以上に明日は
演劇に興味があるわけじゃないけど、やはり上手い演技は心を惹きつける魅力がある。しかも、気になる女の子の!
とにかく明日が楽しみである。まあ、あんまり眠れなかったんだが。
***
翌日。昼休みになり、コンビニで買った昼食を持って部室に向かった。
「部長! メシ買ってきましたよ!」
…………
部室内はもぬけの殻だった。いつもなら部長が机に向かって、執筆とゲームをしているのだがーー
ーーどこ行ったんだろ
俺はゴザに座ると、スマホのSENN《セン》に部長宛てのメッセージを入れた。
その後俺はラブコメのネタを考えながら返事を待った。しかし、一向に返事はなくそれどころか昼休み中部長が来ることはなかった。
同じく藤安さんにも今日の舞台練習に行くことを、演劇部の部長が許可してくれたかの確認メッセージを送っていたが、一向に返事がこない。
結局、ただただ時間が流れていくだけだった。しかし俺が知らない間に事態は予期せぬ方向に進んでいた。
夕方。
部活の時間になっても部長は現れなかった。当然SENNにも連絡がない。演劇部で何かあったんだろうか。
俺は他の部員に部長を捜しに行くと伝えると、演劇部が練習している南体育館に向かった。
体育館の近くまで来ると何やら声や音が聞こえた。中で練習しているのだろうか。
しかし、体育館に近づくにつれ状況が変わってきた。誰かが誰かと揉める声がする。
俺はそっと館内を扉を少し開けて観察した。
中では演劇部の部長と見られるメガネをかけた男子学生が、ウェーブがかったダークブラウンに染めた長髪の女子学生をなだめているようだ。
腰のくびれといい、上着から微かに見える胸の谷間といい、彼女のスタイルのよさに釘付けになってしまいそうになるが、幸いすぐに視線はすぐ隣に向けられた。
捜していた二人をそこに見つけたからだ。
メガネの男子学生の隣で困った顔をする
ーー部長、なんでですか! この子、私に譲るって言ってるんですよ!?
ーーそんな話、藤安から聞いてない。本当なのか?
ーーそうよね、藤安さん
しかし、藤安さんは何も言わない。ただただ怯えるだけだった。
「ちゃんと言いなさいよ。あなたが譲ってくれるんでしょ」
「言って……ないですよ」
「はあ? 昨日の帰り言ったわよね。主役譲るって」
「……」
「なんなの? この子。嘘つく気?」
また押し黙る藤安さん。それを
「都合が悪くなると黙るのね。腕は良いんだろうけど、度胸はスカスカなのね。こんなんに主役が務まるわけ無いのよ」
「……」
「何か言いなさいよ。私じゃ主役務まらないとか、理由あるんでしょ?」
「……」
「馬鹿じゃないの? 言えよ」
「……」
「言えっつってんの!!」
徐々に女子学生の声が一気にドスの効いた、殺傷力のある鉛になった。
俺にはその鉛が高速で放たれる弾丸のように聞こえた。そして、過去の古傷を抉るように俺の心臓に響く。
刹那、俺の脳裏に過去がフラッシュバックした。
クラスメイトの女に責められ、隣にいた男に首を掴まれ、腕を振り上げる。
ーーまるで中学時代のいじめじゃないか。
藤安さんは昨日主役を譲りたいと言っていたが、本心ではなかったのだ。
こんな時、恋人なら止めに入るべきだろう。だけど……俺はラノベの主人公じゃないただのヘタレなモブキャラだから、到底できるものじゃない。異世界みたいにチートな能力手に入れて、ハーレムが勝手にできるわけじゃないし……。
弾丸は無理やり止められた。
「
演劇部の部長は早乙女と呼んだ女子学生を深刻な面持ちで見ていた。
「……もう一度聞くが、本当に藤安が言ったのか? 昨日俺が主役頼んだ時はとても喜んでたんだぞ? それに俺はクリスティーヌ役は藤安が適任だと思ってる」
「私が藤安さんに劣るからという事ですか?」
「そうじゃない。あくまで適任が藤安というだけだ。透き通った声と感情に訴えかける演技力がクリスティーヌには必要なんだ」
「じゃあ、相対的に劣るってわけですよね」
「だから……」
「だから?」
「……」
早乙女さんの訝しげな表情を前に、部長は右手を顔に当てて、歯を食いしばっていた。しかし、しばらくして部長は低い刺すような声で話し始める。
「今回は藤安が適任だ。早乙女には早乙女の良さがあるが、クリスティーヌは藤安の方がいい。それだけなんだよ」
言葉の刃物は早乙女さんの胸に深く突き刺さった。彼女は一、二歩後ずさる。
「……」
「あと、話は戻るがどうして藤安が嘘をついたんだい?」
「藤安さんが譲るって……」
早乙女さんの威勢はなくなっていた。そして、
「早乙女さん、あなたが脅したんじゃないの? あたしみたんだけど」
別の声が聞こえた。
「ナエ……」
照明機材を二人で持ってきた女子学生。一人は茶髪ショートのツインテールの女の子。もう一人はこの前シャインサイドにいた藤安さんの友人、
「昨日の帰り、ハナに声かけてましたよね。大学から一緒に出て行くところ見てるんですけど」
「なっ……!」
「ハナ、早乙女さんを酷く怖がってたんです。早乙女さん、ハナに主役を譲るように詰め寄ったんじゃないですか?」
「……」
「そもそも昨日、ハナに言いがかりつけてましたよね? どうなんですか?」
その瞬間、藤安さんの口角が上がり表情に光が当たった気がした。
「……!」
千葉部長も、演劇部の部長もざわつき始める。
「宮部、本当なのか?」
演劇部の部長の言葉に宮部さんは首を縦に振った。
「この目に狂いがなければ、ですが」
疑いの視線が一斉に早乙女さんに向けられる。
体育館に大きな舌打ちが響いた。
「な、なによ。みんなして……!」
早乙女さんが声を上げる。
「早乙女、もし本当なら絶対やってはいけない事だぞ」
演劇部の部長が顔を真っ赤にしている早乙女さんに向き直る。しかし、彼女の顔は沸騰寸前だった。
「もういいわ! 私は脅してないし、藤安さんが自分から言っただけなのよ! もう知らない!」
捨て台詞を吐くと、早乙女さんは全力でこちらに走ってきた。俺は思わず扉から顔を離し、体ごと茂みに隠れた。
扉は大きな音を立てて開き、真っ赤になった女子学生が彗星のごとく走り去って行った。
「あ、早乙女さん!」
ショートヘアの女の子も駆け出す。
開け放たれた扉から体育館を見ると宮部さんが藤安さんの肩を持って、何か話しかけていた。
俺はその様子を見ることしか出来なかったが、宮部さんはすごい度胸の持ち主だと思った。
ーー恋人を守るには嫌な相手にでも言い返せるくらいの強さがないとダメなんだ……!
俺も度胸つけないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます