第51話 俺は彼女と星が見たい

 扉を開けるとその先で……彼女はいた。

 晩秋の透き通った青空を眺めながら、物思いにふける彼女。の光が彼女の顔に降り注ぎ、茶髪の髪が美しく輝いていた。


 俺は思わず見とれてしまった。

 何度も彼女を見てきたけど、今までで一番奇麗だった。


 彼女は俺に気づいたのか、顔をそっと向けた。


――高林たかばやし……君?


 彼女は驚いているのか、きれいな茶色い瞳で俺を見つめた。

 そして瞳から安堵感が少しずつあふれ出ていた。

 しかし、俺は固まって動けない。心臓ごとときめきの矢で射抜かれ、身体が動かない。


――はいはい。感動の再会なんだから、自分から行きなさいな


「ふぁっ!?」


 謎の声がして、俺はいきなり後ろから何者かに押し出された。

 バランスを崩しそうになりながら、まるで阿波踊りのようにはらりひらりと窓際に進む。


「え、ちょっ……」


 彼女が戸惑っているが、俺の身体は彼女のもとに突き進む。彼女は一瞬体を引かせ、壁にもたれかかる。


 そして……


ドンッ!


 俺の左手は壁に強く当たり、そして顔は彼女と向き合った。


「ふ……藤安ふじやすさん……」

「……?」


 ぽかんと口を開ける藤安さんに、俺の口からしょぼい声が出た。

 現在、俺と藤安さんは偶然にも壁ドン状態になっている。

 イケメンが壁ドンするのはラノベだとよくあるけど、こっちは訳が違う。俺はヘタレ、彼女は美女である。

 藤安さんは顔を赤らめているが、俺は赤面を通り越して焼け焦げかけていた。


「ご、ごめん……」

「うん……」


――……はあ


 盛大なため息に俺たちは顔を振り向けた。

 ツインテールの女の子は両手を広げて「やれやれ」と言わんばかりの顔をしている。

 藤安さんの親友であり、俺の師匠である宮部さんだった。


「ったく、せっかくハナを救い出したヒーローがそんなんでどうするの。ヒロインに見惚れるのも仕方ないかもだけど、ちゃんとしなさいな」

「……」


 宮部さん、あんたが勝手に仕掛けたんだろ……。しかも俺、ヒーローじゃないし。


「あの、俺覚悟を決めてここにきてるんだけど……」


 はあ、とまた彼女からため息が出た。


「そうかな? やっぱりキミはまだまだ半人前ねえ。師匠として、キミとハナが仲良くなっていくのを微笑ましく思ってたんだけど。そして最後に主人公がヒロインを助ける! ドラマチックでいい体験をしてるのに、いざヒロインを前にすると元に戻るのよねえ」

「……」

「でも、千葉さんから聞いてるだろうけど、ハナ、キミをすっごく心配してたんだから」


 改めて藤安さんを見る。彼女から涙がつうっと頬を伝っていた。ただ、宮部さんの乱入で驚きの様子を隠せていない。

 宮部さんに顔を向けると、彼女はウインクした。


「あたしが前に行った事、覚えているかしら? 合宿の時の話だけど」


――彼女の気持ちに寄り添ってあげて


 宮部師匠の言葉が蘇る。

 そうだよな。


「じゃあ、あたしは退散しようかな」


 宮部さんはショルダーバッグを手に取り、テレビ台に置いてあったスマホをバッグに入れた。


「え、宮部さん、どこ行くの?」

「あたしはお邪魔虫だからねー。じゃあ、お二人さん、お幸せにいちゃいちゃしてなさいな」


 そうにっこり笑うと宮部さんは部屋を後にした。


***


 俺と藤安さんは顔を見合わせた。

 彼女の茶色い目が俺に向けられた。彼女の目は、今にも何かが溢れそうだったが、必死で堪えているようだ。


 気を取り直して、


「そ、その……藤安さん……」

「……」


 また俺たちを沈黙が覆った。とにかく、書けるべき言葉を探そう。


 いや、自分の気持ちでいい。そのまま、ありのままで。彼女の気持ちに寄り添う形で。

 俺ができる、最大限の形で。


「……助かったよ。生きてる。もう大丈夫」

「……!」


 そして俺はそっと彼女の背中に手を回した。手に彼女の温かみが広がる。


「俺は、ずっと君のそばに居る。離さない」


 一転、これまでの空気が変わった気がした。


高林たかばやしくん……!」


 藤安さんも俺の背中に手を伸ばし、そしてキュッと力を込めた。

 彼女の心地よい体温が俺の身体を満たしていく。


「よかった……本当によかった……! あなたが死んでしまう夢を見てしまって……! あなたも失いたくなかった! でも、生きてた……! 生きて帰ってきてくれた……!」


 俺の胸の中で、彼女は号泣していた。つい最近見た光景だ。しかし、この前と違い俺と藤安さんを邪魔する人間は存在しない。


「うん……」


 俺は藤安さんを強く抱きしめた。彼女の柔らかな肌からぬくもりと安らかな香りが伝わってくる。


「もう、離さないよ……ハナちゃん!」

「……!」


 自然と彼女の下の名前が出てきた。

 一瞬藤安さんは上目遣いで俺を見つめた。


「うん……ありがとう、カズキくん……」


 目一杯、俺たちは再会を喜び合った。絶対に離さない。今はそれだけを強く、感じ合った。


***


 しばらくして、俺は部屋を離れた。時間が残されていないから、俺は必死になって執筆を進めた。部長のノートパソコンを借りて、タイムリミットの深夜零時までに残り二万字を書き上げなければならない。完結している必要が無いのが幸いだった。

 そして午後十一時三十分、ついに俺は規定の十万字に到達。コンテストの応募を行い、何とか間に合わせることに成功した。


「終わったー……、って、いってええええ……」


 思わず大の字になって寝転がるが、怪我した部分が痛む。

 とりあえず、今はゆっくり休みたい……。


『俺はラブコメが書けない』


 ラブコメは彼女いない歴イコール年齢の童貞学生と、幼なじみの女子学生の波乱万丈の恋物語をコメディカルに描く、ありそうでなかった物語。

 運命の再会と重大な決断、突如現れた恋のライバル、二人を危機に陥れた大事件。それらを乗り越え、二人の距離は縮まっていく。

 モデルはもちろん、俺と藤安さん。これまでの俺たちの軌跡が描かれていた。

 作品はデート先の京都で起きた(大阪のユニバースステージオオサカにしようと思ったが、下調べが面倒なので変更した)大事件が解決したところまで執筆した。ここで十万字である。

 しかし、最終盤まで書いてはいるものの、肝心の部分はまだだった。


――二人は告白していない


 個人的に男から告白すべきだろうけど……どんな形にしよう……。


 そして、現実でも告白はできていない。

 彼女は俺に好意を寄せているだろう。しかし、俺は彼女の本当の意味での「恋人」になれたのか? 

 松田まつだを越えることができたのか?


 全ての答えは、自分から探るしかないようだ。


 俺は松葉杖をつきながら、カーテンを開けた。

 夜景の京都駅や京都タワー、そして紅葉がライトアップされている烏丸通り、東寺……ここからは見えないが、嵐山や貴船神社も紅葉が夜景な映えるという。

 そして、空には満点の星空。

 市街地でなかなか見えないが、それでもオリオン座や北極星、シリウスは見ることができた。


 俺は彼女と星が見たい。もちろん、退院してからにはなるが。


 そこで俺は、自分から応えを見つけようと決意した。

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