第24話 俺は野望を阻止したい

 翌日、俺は一人大学の講義室で色々頭を巡らせていた。

 俺は作戦の練り直しを迫られていた。藤安ふじやすさんと一緒に遊びに行こうと思っていた日が、演劇部の合宿日だったからだ。

 仕方ないとはいえ、次の一手を考えねば……。


 スマホのカレンダーを眺める。

 コンテスト締め切りまであと二週間を切っており、本当なら遊びに行く暇なんてない。しかし、ラブコメを書くには絶対に必要なんだ。

 もちろん、藤安さんとの仲を進展させるのが一番なのだが。


 その時、スマホが音を立てて震え、いきなり画面が切り替わった。


伊達だて直也なおや


 一瞬、息が詰まりかけた。なんであいつの番号が登録されてるんだ……!?


 とりあえず通話に出る。


「もしもし? 高林たかばやしですけど?」

【”もしもし?” じゃねーよ! なんだよてめー、藤安と付き合いやがって!】


 画面からの爆音に俺は耳をふさいだ。


「はあっ!? うるせえよ!」


 爆音が収まると、一瞬周りの視線が俺に向けられるが、ひらりとかわすと俺は即座に立ち上がり講義室を出た。

 誰もいない部室近くの中庭に走る。

 その間、スマホからぶつぶつと奴の声がするが、うざかったので音量を下げていた。

 あたりに誰もいないことを確認すると、画面に耳を傾ける。


【……んだよ。おめえ、仲良さそうにして……】

「もしもし? なに?」

【はあ? お前話聞いてなかったのかよ!】


 イライラで破裂寸前の声がスマホ越しに聞こえた。


「耳元で大声出すなって言ってるんだよ」

【仕方ねえだろ、お前が悪いんだよ。俺に隠れて藤安と付き合いやがって……!】

「はあ?? 付き合ってねーし」

【嘘付け! 仲良さそうに歩いてたじゃねーか!!」

「どこで?」

【大学のロータリーにいたろ! そんでバスに乗った!! お前らが一緒にアパートに帰るとこ見てるんだぞ!】


 唐突に言われ意味がわからなかったが、次第に俺の中に潜んでいた憶測が現実味を帯びて浮上してきた。

 やっぱり、こいつは俺たちを監視していたんだ。


【おい! 白状しろ!】

「伊達。お前こそストーカーしてんじゃねえよ。気持ち悪いぞ」

【話をはぐらかすな! ストーカーじゃなくて追跡調査だよ!】


 偉そうに言いやがって……何が追跡調査だよ。


「いや、犯罪だろ普通考えて」

【んなのどーでもいいだろ。それより、お前が藤安と付き合ってるのはこの俺が確認済みだ。どうなんだよ】

「偶然なんだよ。住んでるアパートも、大学もさ。それで幼なじみなんだから、一緒に帰って何か悪いかよ」

【ふーん、そうかそうか。だが残念だったな。藤安カノジョは俺のものだ】

「なっ!?」


 俺の声が明らかに変わった。

 焦り、苛立ちそして冷や汗――さっきまで呆れていたのが嘘のように喉が詰まる。


「い、いつからお前のものになったんだよ! 俺こそ藤安さんのカレシだよ!」


 言い放った途端、俺は口を噤んだ。


――ほう、図星だな


 にやけ声がスマホ画面の向こうから漏れていた。


 や、やべえ……いっちまった……。


【ぼろが出たな。俺の許可なく藤安と付き合うなんて、いい度胸じゃねえか】


 誰が許可するって言ったんだよ。


【まあ、いいさ。ネクラのお前より陽キャの俺のほうが藤安に合ってると思うぜ?】


 そう言われるとなぜか腹が立ってきた。

 確かに俺はネクラでヘタレな陰キャだよ? だが、藤安さんと再会してから七転び八起きしつつも関係を進展させてきたのだ。

 こんな奴に負けるわけにはいかない。

 俺は一呼吸入れると、自分でも信じられないような低い声で言い放った。


「俺のほうが藤安さんに見合ってるさ」

【ふんっ。ムキになってやんの。今のままだと、お前に勝ち目はないぜ】

「なにっ」

【今週末、藤安に何があるか、わかるか?】

「……なんだよ」


 まさか、こいつ。


粟原あわら温泉で合宿だってさ。俺も行こうかなー】


 なぜか俺は頭が熱くなった。

 こいつのことはいじめの前科者として、藤安さんも警戒しているはずだ。それだけじゃない。ラブレター(という名の脅迫状)を見つけた時も気味悪そうにしてたし。

 絶対に許せねえっ……!


 しかし、今度は別の思いも浮かぶ。なんでこいつ、演劇部員しか知らない情報を知ってるんだ……?

 まあ、今はそんなことどうでもいい。奴の悪行を止めるのが先だ。

 一応、奴が彼女に送ったラブレターは藤安さんが破り捨てている。


「藤安さんは忙しいんだよ。お前は行くな」

【忙しい? そんなの行ってみねえとわかんねえだろ? ま、俺は一人旅で行くつもりだけどな】

「お前は気にしてないみたいだけど、お前が藤安さんに送ったラブレターは彼女が破り捨てたからな」

【……】


 一瞬スマホ画面の向こうが無音になる。これで引き下がってくれ。


【ま、そうだろうな。あんな気持ち悪い文章なら、書いたのが幼なじみであっても破り捨てるだろうぜ? でも俺は諦めちゃいねえ】

「じゃあなんでラブレター書いたんだよ。最初から面と向かって言えばよかったじゃん」

【男のプライドってやつだよ】

「は?」


 意味が分からない。なんでそんなところで男のプライドとか……


【お前みたいなDTには分からなくてもいいさ】

「なんで童貞が関係あるんだよ」

【うるせえ! とにかく、今は俺が一歩先をリードしてるんだ。悔しかったら追いついてみな。じゃあな】


 お、おいっ! と声をかけようとしたときにはすでに時遅し。通話画面は消えていた。


 あんにゃろう……。


 現在、俺たちの前に強大な敵が現れようとしている。

 伊達の企みを阻止せねばっ……!

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