第15話 俺は彼女を信じたい
みんなが私に視線を向ける中、私は目の前にいる女を包丁で深く突き刺すように睨みつけていた。
宣戦布告だって? 受けて立とうじゃないの。
――あんたが部長に認められて勝ち取った主役を横取りしようとしてるのよ? いやじゃないの?
――守りなさいよ、主役!
親友の言葉が私の脳内で
今までの私は守ることから逃げていた。奪われそうになっても反抗しなかった。だから、大切な人を失ったんだ。
あの女に脅され、本当に主役を降りようとした。だけど、今なら何言われようが、何をされようが大丈夫。私の周りには演技を楽しみにしていてくれる人がいる。
私たちの前に飛び出ようとして止めようとしている、幼なじみの彼もそう。彼は私の演技を喜んで見てくれていた。嬉しかった。
みんなの期待を裏切るわけにはいかないのよっ……!
絶対、守り抜いてみせる!!
***
彼女は、本当に喧嘩を買ったのだ。信じられない……!
「ちょっと、ハナ……。本気なの?」
「私は本気。ここでガツンとやってやらなきゃ、あいついつまでも邪魔してくるわ。主役、守らないと」
「だからって挑発に乗る必要ないじゃない」
「ナエ、ごめん。私も譲れないの」
彼女の横目に映る瞳の奥は何かが燃えているようだ。熱気に押されたのか、宮部さんは一歩後ずさった。
「……わかった。あたし、あんたを信じるから」
藤安さんは一つ頷くと、早乙女さんに向き直り口を開く。
「
「……」
早乙女さんは一瞬身を強ばらせたが、すぐに一息吐くと彼女は不敵に笑った。
「ふっ……。負けると分かって喧嘩を買うのね? いいわ、そう来なくっちゃ。早速の舞台なんだからお客様も用意しなきゃね」
そして、彼女は振り向く。
「あんたたち! 出てきなさい!」
――はい!
早乙女さんが叫ぶと、いきなり体育館にぞろぞろとプラカードや横断幕を掲げた数人の男たちが入ってきた。
彼らは小太り中背で、眼鏡をかけたまさにオタクの風貌の人からひょろ長の気の弱そうな人など様々だ。プラカードや横断幕には〈
「な、なんだ? こいつら」
俺は声を漏らす。さっきから連続する光景に脳が追い付けなかった。
だが、俺の声は早乙女さんに届いていたようで、
「”こいつら” とは失礼ね。これから始まるステージの観客たちよ? まあ、いたからって評価には影響しないから、気にしないでね?」
――
――俺たち親衛隊、命をかけて応援します!! 姉さまのためならたとえ火の中水の中どこでも応援に行きますよ!!!
――フレー、フレー! あーねーさーまっ! フレ、フレ、あねさまっ!!
早乙女さんの親衛隊だと? 彼女は部外にファンがいると藤安さんが話していたが、ここまで熱狂的だとは思わなかった。
場の雰囲気が熱気を帯びていく中、月島部長が藤安さんの隣に立つ。
「お前ら、いい加減にしてくれ。なんなんだよ、勝手に話進めやがって。もう配役は決定事項なんだよ。何度言わせればわかるんだよ。藤安も藤安だよ。早乙女の言う通りにしちゃダメだ」
「部長、早乙女さんはあれだけ私たちの邪魔をしてきたんですよ? ここでギャフンと言わせなきゃ、また邪魔してくると思うんです。演劇を成功させるためにも彼女の挑戦、受けて立ちますよ」
藤安さんは決意が固まっているのか全く動じなかった。
「月島部長、もう遅いんじゃなくって? 藤安さんもやる気みたいですし」
「……」
月島部長は歯を食いしばっていた。やがて、深いため息をつくと。
「……たく、好きにしろ。言っとくが、どんな結果になろうと主役を変える事はしないからな」
***
「いいのかな……俺が決めちゃって……」
俺は独り言をこぼした。いきなり、どちらがクリスティーヌに適役か決めろと言われても困る。
しかし、藤安さんも早乙女さんも互いに一歩も譲らないし、月島部長も
俺はとりあえず師匠に目をやった。師匠の瞳も俺に向けられる。
「あ、あの……宮部さん……どうしよう」
「……こうなったら、やるしかないじゃない。ハナも本気だし、今さら止めるわけにもいかない。あたしはハナを信じてる」
宮部さんもいきなりの展開に驚いていたが、藤安さんの意思を見て彼女を信じることにしたらしい。
俺の肩にいきなり重荷がのしかかり、骨を軋ませる。
お、おいこれ、責任重大だぞ……? 俺の一言で最悪藤安さんが主役を降りなければならないのだ。
本来なら早乙女さんが諦めてくれたら、俺が評価を下すなんてことにはならなかった。
ふと
ならばもう、腹をくくるしかない。勇気を振り絞るのに時間はかからなかった。
俺は
――わかりました。俺、やります
その声はやけに体育館に響いた。周囲の視線が俺に向けられる。
「ふっ、やる気になったじゃない。そうこなくっちゃ」
早乙女さんは不敵に笑う。
藤安さんはそんな早乙女さんに挑みかかるように睨みつける。
かくして、藤安さんと早乙女さんの譲れない戦いが幕を開けたのだ。
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