温泉卓球編

第20話 俺はまたデートに行きたい

ミスターND[はあ……ハナたん……ハアハア(*´Д`*) めっちゃ可愛かったよー よきよき……]


 少し茶色い髪に染めた青年は今日の感想をツブヤイッターに投稿する。


 はたから見たら痛すぎるが。


 彼は近くの大学で開催された文化祭を訪れていた。ふと入った体育館で、彼はとんでもない再会をしてしまったのだ。

 彼女は舞台で魅力的に演じていた。かわいい……可憐だ……!

 そんな彼女が中学時代の同級生だったなんて……。


 心臓がバクバクと鳴り響き、体がボワッと熱くなっている。


 でも、彼女には悪いことしたと思ってる。彼は心の奥底に、彼女にしてしまった罪悪感を持っていた。

 できたら、会って謝りたい。そして、一緒に喋りたい……。


 おこがましい事だとは思うが、許してくれたら――いいなあ。


***


――ハックション!! うう、さびい……


 俺はコートのポケットに腕を突っ込んで、ホッカイロを握る。晩秋になると夜はとても寒い。


「大丈夫? 風邪ひいたの?」


 今日の主役は心配そうな顔を俺に見せた。


「うん、大丈夫。寝たら治ると思う」

「そう。でも、夜は寒いから無理しないでね」

「……」


 また沈黙が生まれた……これは非常にまずいぞっ……。


 今日は俺が乗る気でないイベントナンバーワンの福平ふくだいらさいが開催され、演劇部の公演は大盛況のうちに終わった。二大スターとうたわれた藤安さんと早乙女さおとめさんが壇上に立ち、手をつないで頭を下げると同時に、他の役者や演劇部員たちが一同に頭を下げた。周りから拍手喝采が上がり、ひとつの戦争が終結した。


 藤安さんをはじめとする演劇部員たちは夜に大学近くの居酒屋で打ち上げをした。

 そして、俺はなぜか演劇部員ではないのに呼ばれた。公演に協力してくれた人間として来てほしい、とのことだった。


 気持ちは嬉しいのだが、ため息が出てしまった。


 俺は宴会とか、飲み会が苦手である。まだ未成年だしお酒が飲めないのもあるが、あの陽キャたちのうたげみたいな雰囲気が嫌いだった。しかも今回は部外者なのに参加しなければならなかった……雰囲気的に断りづらいし。


 そして、俺は藤安さんとの関係でいじられまくった。二人の出会いとか、幼なじみであることとか諸々……。演劇部員たちは陽キャだらけで俺も藤安さんも質問攻めに押されまくっていた。

 もともとは早乙女さんも出席予定だったのが、急用が入ったらしく欠席していた。スターの一人が欠けたことで藤安さんに話題が集中するのは目に見えていた。


 俺たちは身を包めて嵐が過ぎ去るのを待った。嵐に耐えるには並大抵の体力でなければならない。

 二時間にわたって宴会は続いたが、俺の体力はゼロ寸前。そこらじゅうから警告音が聞こえてきそうである。

 個人的にラブコメを書くために藤安さんと付き合い始めたなんて、天地がひっくり返っても言えない。

 藤安さんを見るとやはり彼女もタジタジなようだ。酔っ払った千葉部長(彼は二十歳)や三年、四年生の先輩部員からスターとしていじられていた。

 なんとか藤安さんを救い出そうと考えようとするも、そんな思考に回せる体力はない。

 大盛り上がりのうちに宴会は終了した――俺たちはローモードだったが。


 そして今に至る。帰りは俺と藤安さんは同じアパートということで、俺がエスコートする形で帰宅となった。

 二人とも体力も気力も底をつきかけていたので、足取りは重い。俺は話しかける気力すら奪われていた。


 アパートにつき、藤安さんは振り返った。


「……ありがとうね。いろいろと」

「うん……また、月曜日……」


 と言いかけた瞬間、俺は二度目のデートのことを思い出した。

 部長にラブコメを添削してもらった時に言われていた。

 藤安さんとの仲を少しでも進展させねば……恋も、ラブコメも何も進まねえっ!!


「そ、その、月曜日なんだけど」


 藤安さんは不思議そうに首を傾げる。


「帰り、プラバ行かない? 俺、部活休みだし、藤安さんがよければ……」


 言いたいことを吐き出し、藤安さんの返答を待つ。

 彼女はすぐに応えてくれた。


「いいよ。私も部活休みだから」

「あ……ありがとう!」


 思わず笑顔になる。


「じゃあ、おやすみ」


 藤安さんもにっこり微笑むと、階段を上って行った。

 俺はとりあえずのデート成立に一息つくのだった。


***


 週が明けて月曜日、昼休みに俺は大学の向かいにあるコンビニ、〈ファミリーショップ〉を訪れていた。

 いつものように、部長と自分の昼飯を買ってレジに着く。


 お金を出して精算しようとすると、


「あれ……高林。お前この近くに住んでるのか?」


 聞き覚えのある声にはっとする。レジにどこかで見た茶色に髪を染めた俺と同じくらいの背丈の男……。


「……え? 誰?」

「おいおい、忘れれたとか言うなよ!? 俺だよ! 伊達だて直也なおやだよ!」


 その名前に、俺の頭の奥底で何かが弾けた。

 こいつ……思い出したぞ!?

 俺が受けた忌々しい元いじめグループの一員。しかし、いじめグループの主犯が消えてからは、伊達から謝ってきており関係は改善していた。

 中学を卒業するまでの短い間だが、親しい友人となっていた。


伊達だて? お前、ここでバイトしてたんだ」

「まあな。専門学校もここから近いし、小遣い稼ぎには最適なんだ」

「ふーん」


 レジを打ちながら他愛もない会話をする。


「それはそうと、お前まさか福平ふくだいら大に行ってるのか?」

「そうだけど」

「ほほう。って事はこの前の福平祭ふくだいらさいにも居たわけだ」

「行ってたけど、楽しくねーよ。俺好きじゃないし。まあ、演劇部の公演は見たけど」

「お前も見てたのかよ!? 舞台上にいたの、藤安だろ?」


 伊達が身を乗り出す。

 という言葉に、一瞬俺の心臓が止まりかけた。


「凄かったよなあ。俺らの同級生が舞台上で優雅に演じてるんだぜ? 俺惚れちまったかも……」

「……!」


 やかんに入れたお湯が沸騰するように、俺の血と汗は煮えたぎり体温が急激に上昇する。


「や……やめろおおっ!!!!!」


 俺の声に一斉に周りの視線が俺と伊達に向けられた。

 驚き、好奇、不快な気……いろんな視線が身体中に刺し込まれる。

 はっとしたのか、我に帰る。


「ごめん……伊達」

「ああ……」


 その後、俺たちは店長に呼び出され怒られたのはいうまでもない。

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