第21話 俺は彼女にがっつきたい
時間は六時間ほど前に
月曜日の朝八時。
秋のやわらかな日差しが窓から差し込む中、私は大学に行く支度を済ませると、玄関のドアを開けた。
どさっと何かが郵便受けから落ちた。
ファッション雑誌に英会話講習の案内、そして
封筒は三つ葉のシールで封されていた……なんかしゃれてる。
シールを剥がし、封を開けてみると
〜〜
私の瞳は一気に拡大した。一瞬、体が硬直して視界に便箋が固定される。
時間が止まる。
タイムラグを挟み、見覚えのない手紙に私は心の奥底から震え上がった。
だ……誰?
***
はあ……
やっと解放されて辿り着いた部室前で、俺は盛大にため息をついた。
コンビニの店長にこっぴどく怒られたあと、俺は
俺は「知らねえよ」と口先で言いつつも俺と藤安さんの関係は必死で隠した。一番知られちゃいけない奴には口が裂けても言えねえよ!!
そもそも伊達は悪友だった。かつて俺をいじめ、藤安さんにも迷惑をかけた男なのだ。
改心し、俺と和解したとはいえ根っこから信用してるわけじゃない。
奴は藤安さんに会いたがっているようだが、俺は全力で藤安さんを守らねばならない!! 俺の中の使命感は音を立てて燃えていた。
部室の扉を開ける。
「ああー、くっそ! 負けたーっ!」
彼の視線の先では、化け猫を模したモンスターが倒され、黄色いネズミを模したモンスターを連れた人物がドヤ顔を決め込む姿が映し出されていた。
「初戦で負けるとか、ないわあ……」
「新作ゲームのネット対戦ですか?」
仰向けに寝転がる部長に尋ねる。
部長はモンスター育成ゲームにハマっていて、育てたモンスターを世界中のプレイヤーと戦わせていた。
「文化祭終わった記念に買ったんだけどよお……。やっぱレベルが高くなりすぎてるんだよ……。俺引退時かなあ……」
部長の目から滝が流れていた。
そこまで泣く事ないだろうに……。
「まあ、世界中には猛者がいますから……また勝てますって」
「だといいけどよお……」
部長の涙目を見て、俺のこれまでのイライラは紛れていた。
俺はコンビニで買った昼食を渡した。しばらく俺と部長は昼食を取りながら雑談していた。
「それで、デートはどうなったんだよ」
部長はにやけながら訊いてくる。
俺は後頭部が
「とりあえず、今日の夕方プラバに……」
「ほう……。またまたメジャーな場所だな」
「無難かなって思って……」
俺は苦笑していた。取ってつけたように決めたんだが……。
「まあ、頑張って進展させろとしか言わないが……。少しくらいお前からがっついたらどうだ?」
部長はニヤリと口角を上げた。
「がっつく?」
「高林から働きかけてお前のペースに乗せてみるんだよ。恋愛は駆け引き。つまり、引いてみろってこと!」
「はあ……」
「例えば自分が言ってみたい場所に誘うとかさ……」
頭の中で藤安さんを誘う場面が映し出された。
ある晴れた日、アパートの下自分のペースに乗せて壁ドンして……
――ふ、藤安さん、こ、今度、USO行こう……
――……う、うん
――……
――……
おい、なんで言葉に詰まるんだ。行動は大胆なのに言動はしょぼい。
ちなみにUSOは、ユニバース・ステージ・オオサカという大阪にある遊園地で、リア充たちの憩いの場(?)である。俺は陰キャだが一度くらい遊びに行きたい場所だ。
「まあ、頑張れよ。ラブコメのいい経験材料にもなるだろ」
部長は壁にかけてある十一月のカレンダーに目をやった。
コンテストの締め切り日に赤い丸が囲んである。
「あと、二週間だな」
「ま、まあ……」
後頭部を掻きながらも、コンテストまでもう時間が残っていないことに
やばい……まだ何も考えてない。
いっそのこと、テンプレじゃなくて自分のことを書くか……。
自分の事……いっそのこと、俺を主人公にしてもいいかもしれない。そして、ヒロインは藤安さん……。
やべ、妄想の世界でも藤安さんと一緒になれるのかあ。モチベ上がるぞ……!
とはいえ、リアルだと思うように話せない。文章の中だと、恋愛描写はいくらでも出てくるんだけどなあ……。
俺は昼飯を食べながら小説の構想を練り直していた。
***
その日の夕方。俺は講義が終わった後、藤安さんとのデートの待ち合わせ場所となっている大学構内のロータリーに来ていた。ベンチに座ってスマホニュースを眺めていた。
『ラノベ界の文豪、粟原で湯浴み』
『湯の町駅の記念から揚げ、わずか一分で完売』
『江戸前温泉あわら 来客一千万人突破』
――温泉かあ……行ってみたいなあ……
偶然並んだ三つの記事に俺はうっとりしていた。
できたら、デートで行ってみたいなあ……なぜか俺の脳内に温泉につかる藤安さんが投影された。
湯船につかり、すらりと伸びる手と脚が光り輝き、キュッとしまった体が美しさを増す。そして、温泉からゆっくりと出ようとして……彼女のみずみずしい脚、太もも……
鼻から赤いもの流れてきそうだ。
あーダメダメダメダメ! 何を妄想してるんだ俺は! 紳士たるもの、健全であるべきだろ!
俺は脳内で暴れ狂う本能を理性の
――高林、くん……?
小さな声だったかもしれないが、俺にとっては雷鳴のような音が鼓膜と脳を突き破った。
我に返った瞬間、俺は真っ白になった。
俺の一メートル先で待ち合わせしていた彼女が不安そうな面持ちで立っていたのだ。
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