第43話 俺はあいつの怨恨を知りたい

 俺は男に連れられ、暗く長い廊下を歩かされていた。

 前にいる男は浅木あさぎ陽子ようこの兄、浅木あさぎ義明よしあき。彼曰く、妹からの命令で俺を連行しているという。


「もうすぐお前の彼女に会えるぜ。感謝するんだな」

「あれ以上の危害を加えてないだろうな」


 なぜか、声に殺気がこもる。

 写真に浮かぶ藤安ふじやすさんの姿。不安が、怒りに変換されていた。


「どうだろうな。お嬢様はたいそうお怒りだぜ? 彼女、かなりの罪を犯したそうじゃないか」

「はあ?」


 頭がカッとなるが、義明はそれを見越していたのか。


「おっと、ここでキレても何にもならないぜ? 俺もそうだが、優秀なボディガードがついている。お前の力でどうにかなるのかい?」


 義明は挑発と侮蔑ぶべつを込めて俺を見下す。

 自由を全て奪われた俺はただ従うしかなかった。

 

 しばらく歩かされたあと、ドアの前に立たされた。そして、義明は妙に改まった態度を見せると、


「お嬢様、連れてまいりました」


――ありがとう。入って


 冷たく、心臓を凍てつかせるような声がした。


 中に入ると、ソファーに座る長い茶髪を伸ばした美女。

 彼女は凶悪な笑みを浮かべて俺を見ていた。

 そして、彼女の前で倒れている茶髪を振り乱した女性――

 彼女はそっと目をこちらに向けた。


高林たかばやし……くん……?」

「藤安さんっ!」


 思わず声を上げてしまった。目の前の彼女は間違いなく、藤安さんだった。

 俺はすぐに駆け寄る。


「大丈夫? 怪我は、ない?」

「うん……」


 見た感じ、怪我はどこにもないようだ。幸い、手はつけられていなかった。

 起き上がらせようと彼女を手を取ろうとする。


 しかし、


――再会して、安堵してるようだけど、いい加減にしてくれないかしら


 冷たい声が俺と藤安さんを捕らえた。


 目を上げると茶髪の女がソファーからヒュドラのように俺たちを睨みつけていた。


「あら、私がやすやすと貴方あなたたちが手を取ることを許すと思って? なぜ貴方をここに連れてこさせたか、わかるかしら?」


 女は恐ろしく低い声でこう言った。


――私を地獄に突き落としたあんたたちに幸せになる資格なんか、ないからね


 俺たちの目の前に立つ女、彼女は俺と藤安さんにとって最悪の敵であった。


 浅木陽子――その人だ。


俺と藤安さんは心の底から湧き出る恐怖に煽られていた。


 幸せになる資格がない。


 彼女が放つ一言が非常に重く深く、俺たちに突き刺さる。そして、俺は恐怖と同時に怒りを感じた。

罪悪感がある? そんな話ではない。


 なぜ何も悪いことしてない俺たちが、こんな目に遭わないといけないのか? この女が持つ、怨恨えんこんが知りたかった。

 俺は浅木に対し、睨み返した。五年前のいじめグループの筆頭だった、あの女に。

 

 浅木は表情一つ変えず、冷酷な目と笑みを俺に向ける。


「あら、高林君。反抗する気なの? どうせ何もできないくせに。あの時も藤安さんに泣きついていたじゃないの。今回はそんな藤安さんも頼りにならず、勝手に強がってるみたいだけど、どうするつもりなのかしら?」


 何とか俺は冷静さを保ちながらも、浅木に言い放った。


「お前に恨まれるいわれはねえよ。何も悪いことしてないのに、俺たちを監禁しやがって」


 しかし、


「いわれがない? ウケるー。バカみたい! あんたなんも考えてないのねー!」


 狂ったような凶悪な笑みを浮かべる浅木。まさに中学時代に見せた悪魔そのものだった。

 当たり前のように、俺には理解できなかった。


「あんたたち、とくにそこの女には罪を償ってもらわないといけないの。そこの女のせいで、私の大事な人は奪われたの。私を差し置いて幸せになろうなんて、許せないわ」


――藤安ふじやす羽菜はなさん、あんたのせいでね


「ふ、藤安さんが……?」


 浅木の言葉は理解できない。当の藤安さんも困惑している。

 俺の額に冷や汗がにじみ出る。


 浅木は話を続けた。


「まあ、高林君はわからなくても仕方ないわね。そもそもネクラぼっちのキモイ男を、好きになる子なんているわけないからねえ。でも、藤安さん、あんたが私が恨む理由がわからないのには腹が立つわ。まだわかっていないようだから、ヒントをあげるけど……」


――近衛このえ基樹もとき。この名前で、思い出さないかしら


 彼の名前を聞いたとき、俺は凍り付いた。彼は、俺をいじめていたいじめグループのひとりで、浅木の右腕的な存在だった。

 体から震えが止まらない。奴からされた仕打ちは、思い出すだけで反吐が出そうになる。


 しかし、俺以上に藤安さんは目を見開いて、動けなくなっていたのだ。


 浅木は上からなめまわすように藤安さんを見下ろす。


「ほう……さすがに、名前を忘れたわけではなかったみたいね」

「……私が……彼に、何をしたっていうの……」

「教えてあげる。藤安さん、あんたはね、基樹を殺したの」

「……!」


 信じられない一言だった。俺は、空いた口がふさがらなかった。

 藤安さんは冷や汗を浮かべながら、痙攣けいれんを起こしていた。

 俺はなんとか聞きたいことを言葉にする。


「近衛は……遠足の事故で行方不明になったはずじゃ……」

「事故? まあ、表向きはそうなっているわね。だけど、その時に一緒にいたのは誰?」


 浅木はその人に目をやる。

 藤安さんは目を必死で閉じていた。


「そう……藤安さん。あんたは近衛と一緒にいた。そして、彼は行方不明になった」

「殺したって証拠があるのか?」


 俺は声を荒げた。

 しかし、浅木は冷酷に俺に視線を向けていた。


「証拠ね。もう半年前になるけど、基樹の遺体が見つかったのよ。基樹が行方不明になった山でね」

「遺体……!?」

「死んでたのよ。崖の下でね」

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