第11話 俺は彼女に弟子入りしたい

 陽が傾き、建物や木々の影がある伸びる頃。

 一人の女子学生が息を切らせて、学内のベンチに腰掛けていた。彼女は全力で自分が演じるべきだったステージから逃げてきたのだ。


「何よ……みんなして。あのが選ばれて私はモブな訳? 信じらんないんだけど!」


 人目を気にせずに叫ぶ。嫉妬に狂い、彼女は理性を失いかけていた。

 彼女はその美貌と演技力でずっと主役を勝ち取ってきた。しかし、生まれついての才能ではなく、死ぬほど努力をしてきた成果だった。

 実家は貧乏で学費を工面するのにも苦労していた。やりたくないけど、学費を稼ぐためならなんでもやっている。


 これも全て大好きな演劇のためだった。

 主役を横取りするのが許されないのは重々も承知である。しかし、自分のプライドもだけど、どうしても譲れない理由があったのだ。


 あの人に私の演技を見てもらいたい。その人に時間は残されていないのだ。


 しかし、こうなったら正当な方法で勝ち取るまでだ。彼女には奥の手がある。

 彼女はスマホからある人物たちに連絡を入れた。


ーー……お願いしたいの。今すぐ来てくれないかしら


 しばらくして彼女はスマホの通話を切る。同時に何者かの足音が彼女に近づいていた。


「……もう、捜しましたよ。こんなところに逃げるなんて」


 息を切らせる声が彼女の耳に届いた。


貴子たかこ。ちょっといいかしら。に手伝ってもらいたいんだけど」

「まさか、お金の工面ですか?」


 彼女は一つ頷いた。


***


 俺は一人、体育館の外に佇んでいた。今さっき体育館の中で行われていたことが脳裏に強く焦げ跡をつけるほど、焼きついていた。

 さっきの宮部みやべさん、かっこよかったなあ……。友人を守るため、毅然きぜんとした態度で高圧的な女子学生に立ち向かっていた。

 俺も大切な人を守るためにも、あれくらいの度胸を身に着けないと恋人失格だ。藤安ふじやすさんも離れていくだろう。

 俺も、また一歩成長するときだ。


 でも、どうしたら精神的に強くなれるんだろう?

 筋トレ? 肝試し? まあ、方法の一つとしてはいいかもしれない。どっかで聞いたけど筋肉質の人は精神的にも強いし、異性にモテやすいとも聞く。肝試しも怖いものに耐性をつける点でも有効だろう。


 しかし、どうしたら強くなれるか、それは撃退した本人に聞くしかないだろう。


「おい、高林たかばやし。そんなところで何してるんだ?」


 顔を上げると千葉ちば部長が不思議そうな顔でこっちを見ていた。


「部長が部活に来てなかったから、どうしたのかなって」

「悪いな。福平ふくだいらさいの公演の配役で揉めててさ……」


 俺は一部始終を目撃していた。そのことを千葉部長に話すと、


「見てたのか。そうなんだよ。あの女子学生、主役の配役を変えろって聞かなくてさ……」

「かなり主役に拘ってるみたいですけど」

「みんなで決めたことなんだけどなあ。納得してないんだよ、早乙女さおとめは……。努力家で才能があるのは事実なんだが……」


 そう言って部長は早乙女さんが走り去った体育館の外を眺めていた。

 ふと何か思い出したのか、部長は俺に向き直る。


「それよりさ、文芸部のみんな待ってるんだろ? 今何時だ?」


 俺はスマホの時計を見るとすでに六時前だ。今日の部活は五時半までなのでとっくに終わっていた。


「もう終わっちゃってますね……」

「あ……わりぃ……」


 部長は後頭部を掻きながら申し訳なさそうに苦笑いする。その後部長は副部長にSENNでお詫びのメッセージを送っていた。


「そうだ。あの、演劇部の部長さんに伝えて欲しいんですけど」

「なんだ?」


 俺は観たいものがあったーー藤安さんの演技だ。

 藤安さんはSENNで連絡すると言っていたが、メッセージは来なかった。多分、早乙女さんと揉めていて送る暇はなかったんだろう。

 彼女は演劇部の部長さんに許可を取らないといけないと話していた。


「藤安さんの演技、見せてもらってもいいかなって」

「わかったけど、どうしてだ?」

「純粋に気になるんですよね」

「ほう……」


 部長はニヤケ顔を近づける。

 俺は十センチほど反発する磁石のごとく顔を引かせた。


「昨日のデートはどうだったんだ? その話だとなんらかの進展はあったようだが」

「ま、まあ少しは……」

「そうか。お前のカノジョとして観といて損はないぞ。マジで藤安の演技は一流だからさ」


 他人にカノジョとか言われると、なぜか恥ずかしくなる。まあ、昨日のデートは成功だったろうけど。


***


 体育館の中に入ると、部長はさっそく演劇部の部長のもとに走っていった。


「なあ月島つきしま。ちょっと時間いいか?」

「ん?」

「こいつが藤安の演技観たいってさ。いいかな」


 月島部長は入り口に立っている俺を見た。いきなりだったので驚いて身体が跳ねる。


「文芸部後輩の高林たかばやしだ。藤安にれたんだとよ」


 ええっ! 惚れたとか言わないでくださいよ部長!!

 まあ、自己紹介はしないとな……!


「たたたた高林です……よろしく」

「君のことは千葉から聞いてたよ。コンテスト応募用にラブコメ書いてるんだって? クリスマスの公演で恋愛ものの劇を考えてるんだけど、脚本協力してもらっていいかな」

「え……?」


 いきなりの月島部長の発言に俺は口をぽっかり開ける。


「ははは、冗談だよ。いいぜ。部外の人に見てもらったほうが練習にもなるし」


 そして部長は近くにいた女子部員二人に呼びかけた。


「藤安もいいよな。高林君に演劇を観させてもさ」


 藤安さんも宮部さんも反応したが、藤安さんは口をぽっかり開けていた。しかし隣にいる友人は、


「お、キミはハナのカレシくんじゃーん。青春してるー?」

「ちょっと、ナエ」


 宮部さんはにっこり笑い手を振ってアピールするが、隣で我に返った藤安さんが手を下げさせた。

なぜか苦笑がこみ上げる。まだ付き合い始めたばっかなんだけど……。


 だが、藤安さんは状況を理解したのか、


「そうか、今日私の演技を観るって約束だったね。ごめん」

「いいよ。部長さんもオッケーしてるみたいだし」

「わかった」


 その後藤安さんは部長に演技の承諾と、舞台準備に行くことを伝えると、ステージの裏に走っていった。

 どんな感じに演じるんだろう。


――ほほう……。見た感じ関係は順調なようですなあ


 詮索するような言葉にはっと振り返る。後ろでは宮部さんが謎な笑みを浮かべながら、じろじろとこちらを見ている。宮部さんのスカートの裾が俺のズボンに触れ、なぜか女性特有の香りが漂ってきた――


「ち、近いよ、宮部さん」

「おお、すまぬすまぬ」


 宮部さんは一歩下がると、にっこり笑いながら口を開いた。


「ハナの演技ってすごいのよ。本当に心臓が震えあがるくらい心に来るんだから!」

「そうなんだ……」


 彼女の目は輝いているが、そもそも俺は藤安さんの演技をこれから観るのだ。想像には限界がある。


 しかし、藤安さんとの関係が進んでいるのは事実。今後も彼女からの信頼を得られるかどうかが大切になる。

 そして、彼女のことをよく知っている人物が目の前にいる。この人なら彼女を守るために強くなる方法を知ってるかもしれない。


「その……宮部さん」

「どうしたの?」


 小首をかしげる師匠。


「その……」


――俺を弟子にしてください!!!

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