第27話 俺は勝利を勝ち取りたい
今日から一泊二日の戦いが始まる。俺からあいつに挑戦状を叩きつけた。
さて、俺も合宿に向かうか。
土曜日の朝、俺は鞄を持って外に出た。ここからバスを乗り継いで
バスの中、俺は手帳を見ていた。
それが
手帳に記されたことはすべて、数日前に大学の文化祭のあと、あいつからの連絡で知った。
旧友は中学の同級生だが、恐ろしく頭のいい奴だ。
俺は純粋に藤安の演技に見惚れていた。奇しくも高林のいじめに加担していた時に注意したのも彼女だった。
現実というのは、不思議なものである。
そして、中学の同級生はこう話していた。
――あたしの言う通りにすれば、ハナはあんたのものになる。だまされたと思ってやってみてよ
初めは恋愛詐欺でも始めたんじゃないかと疑ったが、どうやらあいつは本気で言っているらしい。ならば、乗ってやろうじゃないか。
俺はあいつの指示に従った。藤安に思いを寄せていると伝えると、高林は
高林は絶対に粟原に来るだろう。そして、藤安を守るはずだ。
俺はある武器を持ってきていた。鞄の中に卓球のラケットが入っている。中学時代、俺とあいつは同じ卓球部に所属していた。
これは、藤安を手に入れるために必要なのだ。
俺は温泉街を軽く散策した後ホテルに向かった。
〈江戸前温泉 あわら〉
目の前にそびえ立つ七階建ての城のようなホテル。あいつによればここで合宿があるという。
しかし、どうして彼女が演劇部の情報を知っているのか疑問だがすでに高林も到着しているのだろう。
俺はチェックインを済ませ、宿泊部屋に入り荷物を整理するとベッドに寝転んだ。
あいつから送ってもらったスケジュールをSENNで確認する。舞台練習は昼からだという。こっそり見に行くとしよう。
高林に喧嘩を吹っ掛けるのはそれからでもいいだろう。夕方、温泉上がりに連絡を入れればいい。
時間が来るまで一休みしよう。
俺は勝利を勝ち取るのだ。
***
一方、俺もホテルに到着し、宿泊部屋で一息ついていた。伊達がどう出るかは分からないが、絶対に藤安さんに手出しさせる訳にはいかない。
そして、これからも彼女の力になりたい。目の前に二重三重のハードルが立ち塞がるが、乗り越えていくしかない。
とはいえ、藤安さんから片時も離れないとなると逆に怪しまれそうだな……
今日は昼から演劇練習、そのあと脚本家による講演だという。講演はともかく、藤安さんの演技、こっそり見に行くか……
昼過ぎまで適当に時間を潰し、俺は一階にある和室に向かった。廊下を歩いていると、和風なBGMと透き通った声が聞こえてくる。
ちらりと部屋を覗いた瞬間、俺は動けなくなってしまった。明るい茶髪の女の人が透き通った、だが迫力のある声で演じていた。
動きや所作が福平祭で演じた『オペラ座の恋』のクリスティーヌよりもゆっくりで、そしてどこか雅な印象を見せる。
目の前にいるのは間違いなく藤安さんだ……彼女は服装はよく見るものであるが、やはり演技が伴うと別人である。
「すっげえ……」
語彙を無くした声がぽたりと落ちる。
ーーほう、やっぱり来たな。任務ご苦労様
いきなり後ろから横腹を突かれ、嫌な感触に体が震える。振り返ると、奴がいた。
「伊達……」
奴はニヤニヤ笑いながら俺を見下していた。
「ほう、護衛はバッチリってか?」
「……お前に触れさせないためだよ。最強のSPさ」
「SPってお前も一皮剥けたじゃねえか!」
コイツに言われたくねーよ! と心の中で叫んだ。
無理やり話を変える。
「なんだよ伊達。俺に用?」
「余裕あるじゃねえか。この場でお前に用があるとしたら、一つしかないだろ」
「?」
不敵に笑う伊達に俺は目を細めた。こいつ、絶対何かするつもりだ。
「まあまあ、怒るなって。今日の夜、卓球で勝負しようぜ」
「は?」
「どっちが藤安に相応しい男か、卓球で白黒つけようぜって言ってんだよ」
俺は開いた口がふさがらなかった。なんで卓球?
俺は中学時代卓球部だった。しかし部内最弱を誇り、伊達には勝てた記憶がない。まさか、卓球なら勝てると踏んでるのか?
「あのさ、いい加減諦めろよ。藤安さんには思い人がいるの。お前もわかるだろ?」
「は? 高林、自分のことだって言いたいのか?」
「……そうだよ」
自信のない声が漏れた。
藤安さんはもういない松田に思いを寄せ続けている。彼女が俺のことが好きかと言われれば否定される。
でも、今はこいつを追い払うしかない。
しかし伊達のにやけは消えなかった。
「その割に自身なさげだなあ」
「今はローモードなんだよ」
「ほう。でもわかるぜ。藤安は松田と仲良かったもんな」
「!」
伊達の一言に俺は顔を上げる。伊達は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「覚えてるぜ? 中学んとき二人一緒に行動してたし、一緒に家に帰ってるの見てたしよお」
「それがなんだよ。お前も同じじゃないか」
藤安さんを振り向かせるのが一筋縄ではいかないは伊達も同じだろうに。
しかし、伊達は人差し指を立て、
「それは折り込み済みさ。初めから付き合ってもらえるなんて思っちゃいねえ。だけど……誠意を示せば、彼女は振り向いてくれるはずさ。とにかく、今はお前が邪魔なんだよ」
伊達の目は “単純な理由ではない何か” を映し出している気がした。
それなら、俺だってやつを追い払わないと事は進まねえよ。
「これは男の賭けだ。このホテルには卓球台がある。今日の夜、そこで俺と勝負だ」
「……望むところさ」
俺は低いが、寝のあるどっしりした声で応答する。
決意は固まっいた。
「ふっ。そう来なくっちゃな」
俺たちの男の戦いが、切って落とされようとしていた。
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