第12話 俺は彼女の力になりたい

「え? いまなんて言ったの?」


 キョトンとした目を俺に向ける師匠。


「弟子にして欲しいんです。俺を」

「弟子? あたしに師匠になれってこと?」


 こくりと頷く俺。

 師匠は唖然あぜんとしている。


「だ、だから、何の?」

「どうしたら藤安さんを危険から守れるか、教えて欲しいんですっ!!!」

「はあ?」


 頭を深く下げる俺に対し、宮部みやべさんから何が何だかわからないような、呆れた声がした。


「内容が抽象的すぎだし、具体的に話してよ。もっと冷静になったら?」

「あ、ごめん……」


 宮部さんの一言でまるで頭から水をかけられたように、体から熱が冷める。

 深呼吸して、気を取り直す。話しにくいが、正直に宮部さんに教えてほしいことを話した。


「さっきの宮部さん、なんか……かっこよかったからさ……。どうしたら藤安さんを守れる度胸を身に付けられるかなって……」


 はあ……と宮部さんはため息をつき、腕を組んだ。


「……それくらい自分で何とかしたら? あと、度胸が欲しいって言うけどあれは一人の部員として言っただけよ? せっかく決まった役を横取ろうとしたんだから」

「でも……俺だったら言い返せないと思う……」

「……だからキミは危険な目に遭ったらハナを守れないと」


 こくりと俺は頷く。


「うーむ」


 宮部さんはすっきりした小顔で俺の顔を探るように見る。なぜか俺の心臓の拍動が早くなり、胸を震わせた。


「まあ、キミ、言っちゃ悪いけど見た感じ覇気はきなさそうだし、あんなのが来たらゴリ押されそうよねえ」

「……ですよね」

「クリブラのタイキングより弱いかも」


 タイキングって……。一応補足するとタイキングは巷で有名なモンスター捕獲ゲーム出身でクリブラに出演するファイターの中では最弱キャラである。

 一方、宮部さんは何か考え込む仕草を見せると、


「ハナに少しでも寄り添ってあげようって思うことが第一かな。ちょっとしたことの積み重ねで人は心開いてくものよ」

「……」

「そのうえで少しずつ信頼を得ていくの。あたしはハナと付き合い長いし、よく知ってるから」


 言われてみれば当たり前のことを言われ、ぽかんと口を開ける俺。同時に強迫観念が口から抜けていくのを感じた。

 宮部さんは不思議そうな顔をする。


「どうしたの?」

「いや……なんか気を張りすぎてたかなって……。度胸身に着けないとダメってばかり思ってたからさ」

「いきなり度胸なんてつくわけないじゃないの。そもそもキミが簡単に強くなれるなんて思ってないし」


 なぜか胸に突き刺さる一言。仰るとおりですが、もう少しお手柔らかにできないだろうか。

 呆れた彼女は一すぐに顔を向き直ると、


「とにかく、ハナを守りたければ仲良くなるのが手っ取り早いってこと! 高林くんはつべこべ言わずハナと付き合っていけばいいの!」

「うん……」

「ただ、いざって時は本気で守らないとね。度胸なんかなくても動かないといけないときはあるから。これが師匠から君に教えることだよ」


 目の前の宮部さんが本当に師匠に見えてきた。


「弟子入り認めたんだ……」

「おうよ! ハナのことなら任せなさい!」


 宮部さんはにっこり笑ってガッツポーズを取った。まさか、本当に師匠になってしまうとは……。

 そうこうしていると、彼女が持っていたスマホにSENNに通知が来た。


「あら、ハナからだ……了解!」


 彼女はスマホから目を離すと、俺に顔を向けた。


「ハナ、準備できたって!」

「そうなの?」


 頷く宮部さんが言うように、月島つきしま部長も千葉ちば部長その他演劇部員もスタンバイが完了したようだ。

 月島部長が部員たちに呼びかける。


「よし、じゃあクリスティーヌが舞台の地下でファントムに呼び掛けるシーンから始める。それでは、はじめ!」


 照明が落ち、体育館が暗くなる。そして、ステージの緞帳どんちょうがゆっくりと上がっていく――

 緞帳が開ききったとき、俺の目や心に焼き付ける素晴らしい光景が映し出された。

 あちこちにひび割れた地下室を模した暗い背景、眼前に広がる闇を前に立ち水色のきらびやかなドレスに身を包み、ステージの上で前を見つめる美女。彼女は右手を高く掲げた。

 照明の光が彼女の髪を、肌を、ドレスを輝かせその演技を際立たせる。


――ああ、いつも私に導きを与えてくださる貴方はいったい誰なの? 教えてくださらないかしら


 十秒ほどの沈黙、彼女は目を閉じて床に顔を向ける。周囲が薄暗くなる。

 そして彼女は顔を上げる。パッと彼女の周りに光が当たる。


――なぜ教えてくれないの……。どうして? こんなに近くに居るのに。手に届きそうで届かない。私の心は恋の炎に包まれ焦がされようとしているのに……!


 台詞に感情が乗り、目の前の舞台女優が本物のクリスティーヌのように見える。彼女があの藤安さんとは思えず、俺は開いた口が塞がらなかった。彼女に釘付けになっていた。


――その姿をここに……!


 演じ切ったのか彼女は制止する。そして、照明が暗くなる。


「カット! そこまで。電気付けていいよ」


 月島部長の一言で体育館は明るくなった。目の前に鮮やかなドレスを着飾った藤安さんが現れた。彼女は達成感に包まれたのか、すがすがしい表情だった。


 俺は思わず拍手していた。ずっと見惚れていた、彼女に。


「どうだった? キミの彼女の演技」


 宮部さんの声に、俺は首を縦に振った。


「すごい……すごいよ……! すごいとしか言い様がない……!」

「でしょ?」


 なんという文芸部にあらぬ語彙ごい力不足。まあ、言葉で形容するのが難しいほどに素晴らしかったのだ。


「じゃあ、あたしハナに差し入れ渡してくるから」


 宮部さんはタオルとスポーツドリンクを持って藤安さんのもとにかけていく。藤安さんはとびきりの笑顔で宮部さんといろいろ喋っていた。

 彼女たちを見て、俺も一声かけたほうがいいだろうと思った。せっかく演技を見せてくれたんだから。

 行こうか。


「藤安さーん!」


 俺の呼びかけに藤安さんがこちらに顔を向ける。宮部さんはにやにやしながら俺たち二人を観察していた。


「お、一番の客人が来なさった」

高林たかばやし君! その……私の演技どうだった?」


 俺は一瞬立ち止まるが、どうやら宮部さんから俺の感想を伝えられていないらしい。


「そ、その……」


 なぜか言葉が出ない。素晴らしかったのは言うまでもないが、彼女を目の前にして俺の口は凍り付き動かなかった。


「……」


 沈黙が流れ始める。なぜ言葉が出ないんだ。俺自身は藤安さんに感想を伝えたいだけなのに……!


「……」


 空気も悪くなり始める。藤安さんの表情がだんだん不安そうになっていく。

 このままじゃダメだ。せっかくいい雰囲気になっていたのに……!

 その時、俺の脳裏に宮部さんの声が湧き上がり、反響し始めた。


――いざって時は本気で守らないとね。度胸なんかなくても動かないといけないときはあるから


 今は彼女を守る時じゃないけど、度胸関係なく動かねばならない。

 俺はこぶしを胸に当て、意を決した。


「うん。めっちゃ……よかった……!! すごかったよ……!」

「あ……ありがとう……!」


 藤安さんは曇らせていた顔をパッと明るくした。嬉しくて、はち切れんばかりの表情。守りたい彼女の笑顔を見ているだけで俺も嬉しくなる。


 こんな人を恋人にできるなんて、俺はなんて幸せなんだ!!

 できる限り、藤安さんの力になろう! 俺は生まれて初めて、心から決意した。

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