第41話 俺は彼女を捜したい

 写真に映る、鮮やかな茶髪の髪を振り乱して倒れている女性――間違いなく藤安ふじやすさんだ。彼女は手足を縛られ、口をガムテープで塞がれていた。


 なんで、彼女があんな目に……


 俺は気が動転していた。

 急激に環境が変わり命の危機を感じ取る中、俺は恐怖に打ちのめされていた。しかし、間髪入れずに別の感情が湧き上がってきた。


 ……怒りだった。


「藤安さんに……何をしたっ」


 怒りの炎が、俺の声を焦がす。


「は? 敬語を使えよ」

「いいから、藤安さんに何をした。早く言え」


 そういうと男は唾を壁に吐き捨てると、


「あの女はな、罪人なんだよ。お嬢様の大切なものを奪った張本人なんだ。もう少しで刑が執行される。お前はそこで精々指をくわえて、女が犯されていくのを見ていればいいさ」

「はあ? ふざけんな!!」


 しかし、俺の叫びもむなしくバタン、と勢いよくドアは閉められた。

 俺は拳を強く握り、床を強く叩いた。


 俺は生まれて初めて、自分を呪った。

 何でこんな目に遭うんだ。

 奴らは何で俺たちを……どうして、何の目的で……? そもそも、藤安さんが何をしたっていうんだよ。


 奴らは、藤安さんは “お嬢様の大切なもの” を奪ったと言っていた。

 お嬢様の正体、それはもうあいつしかいない。

 浅木あさぎ陽子ようこ。俺たちの中学時代の同級生で、先日藤安さんに強迫ともとれるメッセージをSENN《セン》に送ってきた女である。

 舞台練習の時も彼女の兄を名乗る男が現れ、意味深なことを言っていた。

 間違いなく、背後に浅木がいる。


 命の危機を感じると同時に俺は焦燥感に駆られていた。

 俺たちは好きで捕まったんじゃない。

 自分の命もだが、何より藤安さんだ。あの姿を見て、動揺しないはずがない。

 とにかく、無事でいてほしい。

 少しでも早く、君のもとに辿り着き、助け出したい。


 だが、脱出するすべがない。身体は拘束されていて、思うように動けないのだ。

 自分の頭を掻きむしって、すべてを投げ出したかった。


 しかし、今は暴れても仕方がない。俺は冷静になるため口で深呼吸した。


 まず、しなければならないことを考えないと。


 ここから脱出する方法だ。

 スマホが壊され、外部との通信手段は絶たれている。

 俺はなんとか身体を這わせながら男が出て行ったドアに向かう。体を立ち上がらせ、ドアノブを回す。


 やはり、鍵がかかっている。


 次に他に脱出できそうな場所はないか探す。とりあえず、窓からなんとか助けを呼べないか。

 壁伝いに体を這わせ、何とか窓に向かう。

 窓ガラスはそこまで厚くないようで、何かで叩けば割れそうだ。

 とはいえ、この状態だと満足に物を掴むことはできない。このロープをほどけないものか……。

 長い長い、俺の夜が始まった。


***


 ふーん、ふーんっ!


 一人踏ん張りながら、俺は足や手をこすりながら無理やりほどこうとする。簡単にほどけないのは承知だ。でも、なんとしてでもここから脱出して藤安さんのもとに駆け付けたい。

 彼女の無事を確かめ、助け出すのだ。

 不思議と、手足に力がみなぎってくるのを感じた。

 少しずつ、ロープ上下に動き出し締め付けが弱くなっていく。


 しばらく奮闘すること三十分。


 ついに足のロープが取れ、俺は解放された。

 自由に動けるようになり、俺はすぐに棚の角に手を押し当て、ロープを動かそうと試みる。こちらもすぐにロープがほどけた。


 よし、これで自由になった。


 あとは窓ガラスを割れる鉄の棒のようなものがあればいい。どこかにないものか……。

 その時、耳に嫌に響く足音が聞こえ、しかもこっちに向かってきているようだった。


 ヤバい、いったん隠れよう。

 俺はすぐさま隠れられそうな場所を探す。とりあえず、棚の下に入れそうな隙間があった。俺はうつ伏せになると、棚の中に入り込んだ。


 ガチャリ、とドアが開く。

 黒いスーツにサングラス、そしてマスクを着用した男。

 このご時世仕方ないとは思うが、明らかに妖しい男……いや、さっき俺を押し込んだ男の仲間だろう。


「じっとしてるか? お嬢様がお呼びだ」


 男の声がするが、俺はじっと様子を見張る。はやく、あきらめて出て行ってくれ。

 男はゆっくりと、俺が隠れている棚に近づいてくる。


「いない……。どこ行ったんだ? まさか、抜け出したんじゃないだろうな」


 男が懐中電灯で暗い部屋を捜索している。

 俺は息をひそめて男が過ぎ去るのを待つ。


「くっそ。どこに居やがるんだ? 鍵は掛けていたから逃げ出せるはずないのに……」


 緊迫度が増す中、別の足音がした。

 ドアが開く。


「おい、遅いぞ。お嬢様がイライラしてらっしゃるぞ」

「……義明よしあき様。すいません」


 名前を聞いて心臓が止まりかける。

 なんでこいつが……。


「こういう時はな、いるはずのない場所にいるはずなんだ。たとえば……」


 その刹那せつな、俺の目の前に真っ白な光が照らされた。


「みーつけた。運よく一発で見つかったよ。よくそんなところに隠れられたな」


 目の前で懐中電灯を俺に向け、不敵に笑っているのは、(演技とはいえ)藤安さんを奪おうとした男で浅木陽子の兄、義明であった。

 俺は歯を食いしばるほかなかった。

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