俺と私はふたりの物語を作りたい
しかし、俺たちの願いが叶うのにはあまり時間はかからなかった。ただ、必ずしも俺だけが、脚本を作る必要はなかった。
俺たちはそれから何回もの四季を繰り返した。俺たちはそれぞれの道を進み、そしてその時を生きていった。
俺と藤安さんの再開から十年。俺たちが告白してから十年後のクリスマス・イヴ。今日は非常に寒く、朝から雪が降りしきっていた。
俺は会社からアパートに帰るため最近購入した自動車に乗り込もうとした時だった。
スマホのSENN《セン》に通知が来ていることに気づく。
コートをタンスにしまい、改めてメッセージを確認すると、ハナちゃんからだった。
俺はあれから新聞社に勤務する傍ら、定期的にウェブ上に小説を上げていた。中には奇跡的に書籍化された作品もあった。
そしてハナちゃんは演劇の道に進み、今では全国的に活躍する女優の一人となっていた。
俺たちはあれからもずっと付き合っていたが、ハナちゃんが忙しすぎてなかなか会えずにいた。いつかは結婚して、将来を共にしようと考えているがなかなか言い出せずにいた。
やっぱり俺はヘタレだ。
そのためかは知らないが、年に一回、
一方で、彼女も結婚し、新しい家庭を築いているようだ。
ハナ[カズキくん……今日、時間いいかしら]
ハナちゃんとは結構な頻度でやり取りをしているが、彼女から話題を持ち掛けてくるのは珍しかった。
なぜか、心臓が高鳴る。
カズキ[いいよ。夕食一緒にする?]
返事を打ち込んで送信すると、すぐに反応があった。
ハナ[うん]
何だろうと思いながら、俺は身支度をすると、ハナちゃんとの待ち合わせ場所に向かった。
最近新幹線が開通したためか、大学時代よりも構内は拡張され新しい飲食店や娯楽施設が急増していた。
まだ藤安さんが来ていないので、俺は適当に近くにあったコーヒーショップで時間をつぶすことにした。
「いらっしゃ……ってお前」
聞き覚えのある声に俺は顔を上げた。
目の前で口をあんぐり開けて驚いている赤茶色の髪の男。俺の一時期のライバルだった
そういやこいつ、この前は寿司屋でアルバイトしてたっけか。
「伊達……お前ここで働いていたのか。寿司屋はどうしたんだ?」
「おいおい、なんだよ! 俺が職を転々としているとでも思ったのか? 副業してるんだよ! 俺、ここの店長してるの」
「店長……ねえ」
一瞬伊達はむっとするが、
「……とりあえずいらっしゃいませ。お席はこちらです」
俺は伊達から空いている席に案内された。
「注文は何になされますか?」
「じゃあ、アメリカンブラックで」
「……わかりました」
一瞬伊達の口角が上がった気がした。
店内には会社帰りのサラリーマンやOL、そして学生などそれなりに人がいた。
スタッフも何人かいて、伊達から必要な指示を受けていたり、客から注文を受け取っていたりしていた。
五分ほどして、伊達が注文を持ってやってきた。
「アメリカンブラックになります」
「ありがとう。それはそうと、お前が持ってくるのか? 店長なんだろ?」
「今日は人少ないし、久々にお前と会えたんだ。いいだろ」
そんなものなのか……? 伊達いわく、いつものなら今の数十倍は人が来るというが……。正直、いつも来る店じゃないからわからない。
伊達は俺の隣に腰かけた。
「最近、ハナちゃんとどうなんだよ。アレは何回やったんだ?」
「なんだよ、アレって」
「大人のコミュニケーションだよ」
「……なんでいきなりその話になるんだ」
こいつ、下ネタ普通に持ち込むんだな……。女の人もいるのに……。
「いいだろ、そんな事どうでも」
「ははーん、やっぱまだなんだな。まだまだ青いなあ」
おい、こいつ……!
しかし、なあ……。
無性に悔しくなったので、俺は言い返してやった。
「お前はどうなんだよ」
「ふん、俺は済んでるよ。まあ、せいぜい頑張るんだな」
話によれば、こいつは彼女と同棲しているらしい。
しかし行くところまで行っているらしい。
なぜか俺はむっとするが、とりあえず抑えた。いや、こんな奴にかまっている余裕はないのだ。
とりあえず、もう一回だけ言い返す。
「それ、自慢することかよ」
「ははっ。まあ、そうだな。何なら俺がレクチャーしてやろうじゃ?」
「断る」
そうこう喋っているうちに、新しい客が数人入ってきた。
「店長ー! レジ開けるんでお願いします―!」
女性店員が伊達を呼んでいる。
「おう! 今行く」
伊達は立ち上がると、
「じゃあ、俺は仕事に戻るわ。さっさとハナちゃんと済ませてしまえよ」
「……」
あいつだけには言われたくない。俺だって……いつかは……。
いろいろ考えていると、スマホが鳴った。画面を確認すると、
ハナ[駅前につきました( ´艸`) いないみたいだけど、遅れそう?]
やばい、話し込んじゃったな。
カズキ[ごめん、十分ほど待って(-_-;)]
ハナ[りょーかいっ]
俺はなるべく早く苦いコーヒーを流し込んだ。ぶっちゃけ、二十台も後半になった今でもブラックコーヒーは苦手である。とはいえ、口腔内にダメージが入るが、すぐに胃に押し込めば問題ない。
伊達に見つからぬようさっさと清算を済ませると、俺は愛する人のもとに向かった。
彼女は駅のロータリーのベンチに座っていた。
鮮やかな茶色い髪、赤いオーバーコート、そして、茶色い毛糸のマフラー。赤と黒のターンチェックのスカートから延びるすらりとした美しい脚。
彼女は、大学時代からさらに美しくなっていた。
「ごめんハナちゃん!」
俺は手を振って彼女にアピールする。
「あ、カズキくん! ……遅いよ、どこ行ってたの」
ハナちゃんは立ち上がると、俺に非難の顔を向けた。
「ごめん……。時間つぶしてたら伊達に捕まっちゃって……」
後頭部が痒くなる。苦笑いを浮かべるが、ハナちゃんは首をかしげた。
「あら伊達君って、この近くで働いてたんだ」
「そこのコーヒー屋で店長してるってさ」
「へえー」
そして俺は話を切り出すことにした。
「それでハナちゃん……話って……」
「そうね。ここで話すより、もっといい場所あるから」
俺たちはバスに乗り、
今年もクリスマスということで、様々なイルミネーションが幻想的な光景を作り出していた。
俺とハナちゃんは天文台の屋上にやってきた。
「今日は人がいなくてよかったわ。私たち、ツイてるみたい」
満天の空の下、ハナちゃんは俺の数歩先を歩いていた。
「あの、ハナちゃん。話ってなんなの?」
「話、ね。私からのお願い」
その刹那、空気が変わった。
なぜか俺とハナちゃんの間に沈黙が覆った。冷たい風が俺たちの間を吹く抜ける。
しかし、ハナちゃんは少しもじもじしているようだ。
彼女が、ゆっくりと口を開く。
――あなたと、一緒に物語を作りたいの
彼女から告げられた言葉は、俺の時間が止めた。
「え、どうして……」
声が漏れ落ちた。
「どうしてもお願いしたいの。今日は何の日か、わかる?」
「クリスマス・イヴ?」
「……」
ハナちゃんはため息をついた。
「あなた、十年前のこの日何してた?」
俺はハッとした。あの時、俺は彼女にキスをした……! 彼女の甘い香りが体を満たした、あの日。
そして、俺はハナちゃんに……。
「告白したんだっけ……」
「そう。やっと思い出したわね」
「ごめんごめん」
「しっかりしてよー」
でも、ふと疑問が湧いた。
告白の話とさっきのハナちゃんの発言、どう繋がるんだ?
「あの、ハナちゃん、さっきの発言って要は一緒に舞台を作りたいってこと?」
だか、ハナちゃんは顔を下に向け、瞳を隠した。
「やっぱり、私から言うべきじゃなかったなあ……。ショック……」
「え?」
まさか、地雷踏んだ? ごめん、ハナちゃん!!
いや、冷静になれよ、カズキ。
一緒に舞台を作りたいって、絶対に何かある。
しかも、ここ、十年前に告白した場所じゃねえか! 星空の下でひと段落をつけた、あの場所だ。
しかし、答えは自ずと見つかった。
それは、俺も望んでいたことだ。
自然と俺の体が温かくなっていく。気持ちが、落ち着いていく――
俺は、心に決めた。
「ハナちゃん」
俺は彼女の名前を呼ぶ。ハナちゃんは顔を上げた。
――一緒に、作ろう。俺と君が主役の物語を
ハナちゃんの顔がパッと明るくなった。
「……いいの?」
「うん。さっきまで気づけなくてごめん」
「こっちも、変な言い方で誤解させちゃってごめんね」
「いや、わからなかった俺が馬鹿だったよ」
「わかったんだから、いいじゃん」
ハナちゃんはとびきりの笑顔を見せてくれた。
そして俺たちは抱き合った。互いの体温を感じて。
冷たい冬空だが、俺たちの周りは暖かく、明るくなっていた。
そして夜は更け、朝日が昇る。
俺とハナちゃんの「人生」という舞台の物語は二人で作っていく。
決して楽しいことばかりの舞台じゃないかもしれない。物語に悲劇が混じることがあるかもしれない。
でも、俺たちはきっと乗り越えていける。そう信じている。
新しい物語の一ページが刻まれようとしているのだ。
(『俺はラブコメが書けない』後日談 おしまい)
俺はラブコメが書けない[完結済み] ひろ法師 @hiro_magohoushi
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