第14話 俺は彼女に味方したい
「どうですかね、俺の作品」
「うーん……」
俺は文芸部の部室で、
部長は文字がいっぱいに敷き詰められた紙を眺めている。そして、一枚一枚ページをめくっていく。
「悪くはないけど、ありがちだなあ……。もう少しオリジナリティがないと」
「マジですか……?」
部長は顔を上げると、
「学園ハーレムは異世界転生と同じで需要がある分、数がものすごく多いんだよ。だから競争率が高い。下手したら埋もれて見向きされないかもしれない」
「……」
「とりあえず、もうちょっと個性を出そう」
「わかりました」
部長は俺に耳打ちした。
「つか、何のために俺が女の子紹介したんだよ。ラブコメ書きたいからだろ?」
「あ」
そういえばそうだった。とにかくラブコメ書くことが先行してしまっていた。
「せっかく藤安っていういい題材があんのに……。あと、デート行ってんのか? 藤安も忙しいから無理にとは言わないけどさ」
全然誘ってない……。部長が言うように藤安さんは
「とりあえずお前には早いかもしれんけど、ラブコメ執筆頑張ってくれ」
「……」
少々ムッとする。とはいえコンテストまで時間は残されていない。気持ちを切り替えて、もう一回案を練り直さないと。
あと……またデートに誘わないとな。
そう思いつつ俺は自分の席に戻ろうとした時、誰かのスマホが鳴った。
「あ、すまねえ」
声は部長だった。彼はポケットからスマホを取り出すと、
「もしもし、
電話越しの声は聞こえないが、その内容は俺にも少し把握できた。
部長の表情が引きつったのだ。
「え、マジかよ!? あいつが……? 宣戦布告って、あいつふざけてんのか?」
いきなり部長が声を荒げた。文芸部の俺を含めた部員たちの顔が部長に向けられた。彼は眉をひそめ、スマホの画面に怒鳴りつけていた。
「今すぐ役変われって、無理に決まってんだろ!! いい加減にしろよ!!」
部長はほとんど怒らないけど、こんな様子は初めてだ。
「……わかった。今から行く」
そういうと、部長はスマホの通話を切る。彼から、ため込んでいため息が一気に吐き出された。
相当
しかし、俺たちの視線に気づいたのか、
「あ、みんなすまない。大きい声出してしまったな」
千葉部長は後頭部を掻きながら謝罪していた。
「それで、急遽予定が入って今から演劇部に行ってくる。すまないが、残りの時間は副部長に任せるから、頼んだぞ」
そういうと部長は講義で遅れている副部長に連絡を入れていた。スマホをしまうと、部長は足早に部室を出て行った。
***
その後も部長は戻ってこなかった。演劇部で何かあったのか……? いろいろ頭の中で思いを巡らせながら、俺はノートパソコンの文書ファイルを眺めていた。
すると、今度は俺のスマホのSENN《セン》に通知が入った。
千葉[
部長!? いったい何が……?
カズキ[わかりました]
そのまま抜け出すのもはばかられたので、俺は副部長に適当に理由をつけると、部室を出て行った。
演劇部の練習が行われている体育館に向かう。体育館前の駐車場には〈
そして体育館。昨日来た時と同様、何やら騒がしい声がした。
――私と
――ふざけるな、
どこかで聞いたことのある、挑発的な声。俺は扉を少し開け、体育館の中を目を細めるとそこでは目を疑うような光景が広がっていた。
まるで本物の劇場と
そして、階段の前に立つダークブラウンの長髪を輝かせる美女。彼女の青いドレスもどうやら新調したものらしく、照明に当たり宝石のように輝いている。
すらりとした容姿に輝く長髪は妖艶さが垣間見えた。
俺は顔が強制的に固定され、動かせなかった。彼女の美しさは藤安さんに匹敵する、いや色っぽさと艶やかさでは藤安さんとは別方向で素晴らしかった。
彼女は口角を上げて俺に視線を送った。一瞬、心臓が跳ねる。
「気配がしたと思えば、やっと来たじゃない」
「……!?」
「藤安さんの恋人の
***
俺の心臓の拍動が何故か加速する。冷や汗が滴り落ちる。
周りの人の視線が俺に向けられた。
「審査員の登場ね。よく来たわね」
「……」
開いた口がふさがらなかった。どうして早乙女さんが俺の事を知ってるんだ? 一度も喋ってないのに。
「あら、その顔は何も知らないようね。あなたのことは最初から聞いていたわ。そこの藤安さんと付き合ってることもね」
藤安さんはその場できょとんとした顔を俺に向けていた。
彼女もクリスティーヌの青いドレスを着ているが、早乙女さんのドレスと比べると一目瞭然だった。明らかに煌びやかさが早乙女さんのほうが強く、彼女の美しさに拍車をかけている……相当お金をかけているのだろう。
「ど……どこでそんな情報を……」
思っていたことが漏れ出た。
余裕の笑みが早乙女さんからこぼれる。
「まあ、藤安さんも人気だから噂になって私の耳に届いたんでしょうね。それはともかく――」
――あなたに私と藤安さん、どちらがクリスティーヌに相応しいか、決めてもらおうじゃない
早乙女さんの発言に、俺は脳天を叩き割られた。
なんで……俺が?
すぐに抗議の声は上がった。月島部長は大声で叫ぶ。
「おい、早乙女! 勝手すぎるぞ」
「いいじゃないですか、部長。部外の人の客観的な評価でどっちがクリスティーヌ役に適してるか、決められるじゃないですか」
「そういう話じゃない!」
間を開けずに早乙女さんが言葉を続ける。
「まあ、高林君は藤安さんの演技を観てるかもしれないけど、私のほうがぴったりだってことはすぐに証明されるわ。そうよね、
「そうですね」
貴子と呼ばれたツインテールの女の子はニヤリと不敵に微笑んでいた。まるで、自信たっぷりに。
……いきなり評価しろと言われても困る。どこをどう見ればいいかなんてわからないし、そもそも主役は藤安さんじゃなかったのか? まだ諦めてないのか?
周囲にちらりと視線を送るが、他の演劇部員は不満げだった。月島部長も、千葉部長も怪訝な様子だった。特に、藤安さんの親友である
「いい加減にしてくださいよ! もう決定事項なのにどこまでハナをいじめたいのよ!」
「いじめ? これは正当な宣戦布告よ?」
「はあ?」
宮部さんは怪訝さに顔をゆがめていた。怒りが爆発したのか、宮部さんは早乙女さんに詰め寄る。
「意味わかんないんですけど。あなたの勝手で演劇滅茶苦茶にしてるだけじゃないの! どうなのよ!」
「そんな覚えはないけどね」
さらりと攻撃をかわすように早乙女さんは宮部さんを押しのけた。
「さあ、藤安さん。勝負しましょう」
藤安さんは顔を下に向け、瞳を隠していた。
――藤安、絶対に受けたらだめだ
――無視しちゃって!
周囲から挑戦を受けるなと声が上がる。
こんな時、俺は彼氏として藤安さんに味方しないといけない。度胸がなくとも飛び込んで止めに入らないといけない……!
藤安さん、こんな奴に負けちゃだめだ……!
俺の足が動こうとした、その瞬間だった。
――受けて……立とうじゃない!
決意を込めた芯の太い声があたりに響いた。
視線が声の主に集中させられ、俺も例外なく顔を向けさせられた。
その先にいるのは、茶色い瞳で主役を奪おうとする宣戦布告者を迎え撃とうとする主役であった。
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