第53話 俺は決着をつけたい

――ふう、久々の我が家だ……


 十二月中旬。寒い北風が吹き抜ける中、俺は半月ぶりに福平ふくだいらにあるアパートに戻ってきていた。怪我が治り退院できたのだ。


 入院中はとにかく暇だった。ラブコメ執筆もひと段落して、何もすることがない。

 とはいえ壊されたスマホを新品のものに交換したため、とりあえずある程度の暇つぶしにはなったが。

 たまに藤安ふじやすさんにSENN《セン》でメッセージを送ったり、見舞いに来てくれた家族に事件のことを話したりしていた。

 とはいえ、スマホばっかりやっていても依存症になるだけなので、リハビリがてら外に出ることもあった。

 たまには、京都御所や平安神宮、西本願寺など病院から近い名所を散策していた。例年に比べ観光客が少ないが、すでに紅葉が終わり冬支度を始めた木々から木の葉が寂しく舞い落ちていた。

 できたら、藤安さんと歩きたかった。


 俺は久々自分の部屋に入ると、ベッドに寝転んだ。

 はあ、暖かい布団……しばらく寝ていたい……。


 とりあえず、自分のラブコメは十万字を超えひと段落つけることができた。しかし、最後のシーンだけかけていない。重大なイベントが残っているのだが、展開を考えていなかった。


 いい加減完結させないとなあ……


 ぼんやりと天井を眺めながら、いろいろなことを考える。

 退院したって、藤安さんに伝えないとなあ……。そして、小説だけじゃなくて藤安さんとの関係も……そろそろ……。


 しかし今日は疲れた。久々の我が家だから今はゆっくり寝よう。


 そのうち俺の目蓋まぶたは重くなり、次第に意識を手放していった。


***


――ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る……


 徐々に大きくなる歌声。

 目を開けると夜の煌びやかなイルミネーションとライトアップされたクリスマスツリーが、俺の瞳に映る。


――カズキくん……どうしたの?


 不思議そうに俺の顔を覗く彼女……藤安ふじやすさん。


「あれ……藤安さん?」

「あれ? って、私とクリスマスデートに来たんじゃなかったの? あなた自身が決めたんでしょ?」

「そうだっけ……?」


 何故か頭の中が混乱している。いつ俺は藤安さんとデートに行くって言ったんだ?


「はあ……やっぱり。でも、誘ってくれてありがと。男の子とこんな素敵な夜を過ごすのって、中学以来だから」


 そう言って藤安さんは星空が輝く空を見上げた。

 雪がちらつき、俺たち間に舞い降りる。

 彼女の茶色く透き通った瞳に雪の結晶が映る。


「これほど、特別なクリスマスをあなたと過ごせるなんて、素敵だわ」


 思わず見とれてしまった。その横顔に。

 思わず見とれてしまった。彼女の愛おしい表情に。


「……」


 俺の時間が止まった。彼女が守りたくなった。いや、今ここで俺のものにしたくなった。


「藤安……さん」

「ん? どうしたの?」

「その……俺と一緒に……」

「え?」


 彼女に手を伸ばす。もう少しで届きそうだ。

 だが俺の意に反して目蓋が重くなる。そして、意識が遠ざかり始める。


***


 ピピピピピピピ……


 意識が戻ってくると同時にアラーム音が大きくなってくる。朝日がカーテンから差し込んでいる。

 重い目をこすりながら、スマホの画面を見るとすでに八時を回っていた。

 今日は休みだっけ……?


 さっきのやたらリアルな光景は……夢だった。

 やたら色っぽい藤安さんに、温かな気持ちのいい心地を感じた。


 ふと日めくりカレンダーを見ると、俺はあることに気づいた。

 コンテストの結果発表、今日じゃないか……。とはいえ一次選考。まだどうなるかは不明だ。


 結果は小説投稿サイトの専用ページでわかる。応募総数は二千作品。

 そのうち、大賞は書籍化確約、そして三百万円がもらえることになっていた。

 書籍化するのは一つの夢だが、締め切りを過ぎた以上天命を待つしかない。とりあえず、自分のできる限りのことはしたつもりだ……完結してないけど。


――とりあえず、続き書こうかな


 俺は久々にノートパソコンを引っ張り出すと執筆にとりかかった。


 しかし……エピローグ部分どうするか……。正直何も思い浮かばない。

 俺はこれまでに異性と交際したことがなく、告白なんてもってのほかだ。どんなシーンにしようか、全く思い浮かばない。

 俺は思わず寝転んだ。


 くっそ……せっかくヒロインを助け出して、めっちゃかっこいい主人公ができたのに……。

 まるで最近の俺みたいだ――ああ、確か主人公のモデル俺だっけ?


 思わず苦笑していると、スマホが鳴った。


 画面に宮部みやべ奈恵なえと表示されている。

 珍しく、師匠からの電話だった。


「もしもし、高林たかばやしですけど」

【おっ、久しぶり! やっぱハナの言う通り元気になったみたいじゃない】

「ありがとう。おかげさまでピンピンしてるよ。藤安さん、最近どう?」

【キミの帰りずっと待ってたわよ? なるべく早めに行かないと、他の男にくら替えするかもよ?】


 俺は苦笑いした。


「いや、流石さすがにないと思う」

【ははは、冗談だって。それはそうと、キミにお願いがあるんだけど】

「お願い?」


 宮部さんは嬉しそうに話をするが、そのお願いは俺の度肝を抜いた。


「それって、なんで……」

【キミがさっさと決着をつけないからよ。まだ執筆してないんでしょ?】

「ま、まあ……」

【決着つけるまでに物語を完結させること! わかったわね?】


 そう言って宮部さんは通話を切ってしまった。


 いや、幾ら小説を現実に似せて書いてると言ってもあれはないわあ……。

 あくまで小説は小説。現実は現実である。

 そもそも、予行練習って……師匠はいったい何を考えてるんだ?


 とはいえ、リアルでも決着をつけなければならない時が近づいてる。そんな気がしてならなかった。

 そして……自分から動かないとゴールに到達できないのだ。

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