第39話 俺は彼女の男で在り続けたい
ここはあるホテルの一室。若い男が自分と血のつながった妹の元に戻ってきた。
――準備できたぞ
――ありがとう。これであの子はあいつを守るため、必死になるでしょうね
――お前、いったい何がしたいんだ
――貴方は知る必要ないわ
――おいおい、よしてくれよ。俺はお前と血を分けた
男は女の肩に手を置くと、彼女は素早く男の手を払いのけた。
――うざい。このシスコン
男は一瞬むっとするが、すぐに引きつった顔を元に戻すと、
――それはないぜえ……
――キモイ。さっきも言ったけど、下がっててくれない? 今の私は仇を取らないと気が済まないんだから
――お前の兄として、残念だぜ
――勝手に言ってなさい
女は再度モニターに目をやった。
あとは、あいつを連れ出すだけ。
全部奪ってみせる。あんたが持っている、大切なものすべて。
***
その日の夜。俺は市内にあるホテルにいた。
演劇部員と同じホテルに泊まっていたが、当然ながら自腹である。
みんなと夕食を摂った後、自由時間となった。
俺はシャワーを浴びてジャージに着替え、ベッドに仰向けになりながらぼんやりと天井を眺めていた。
落ち葉が舞う中、藤安さんが見せた表情が頭から離れなかった。
――君にとって
やっぱり爆弾発言だ。もう俺は後に引けない所まで来ている。
――ありがとう……
その言葉にはどんな意味があったのだろうか。彼女の形容しがたい
その場では憚ったけど、彼女を抱きしめたかった。ひとつになりたかった。
一人の女性を好きだと初めて強く思った。
彼女も……また……。
ついに俺は本当の意味で藤安さんを明確な恋人ととして認識していた。
そんな彼女も、守り抜かないといけない。命に懸けても、彼女の男で在り続けたい。俺は強く決意していた。
だが、それは敵に対し隙を見せつけているだけだった。
そんな中、枕元に置いてあったスマホが鳴った。画面には【非通知】と表示されていた。
「もしもし……」
画面越しに聞こえてきたのは男の声だった。
【後ろの窓を見ろ。お前の彼女は預かった】
「なにっ」
俺は思わず立ち上がり、カーテンを開け、暗闇が降りた京都の市街を眺める。
しかし、何もない。
だが、それは敵にとって十分な時間であった。その瞬間、強烈な衝撃が俺の後頭部を俺の意識は飛んだ。
***
いたたた……
意識が戻ってくる。
何者かに強く殴られたのか、頭で痛みが反響していた。
どこだろう、ここ……。
俺は痛みが走る頭を押さえながらも、なんとか周りを確認する。真っ暗だったが、次第に目が慣れて周りの構造が視認できるようになってきた。
周りに壁、そして夜の景色と同化して見えにくかったが、窓が見える。そして、壁には積まれた段ボールに、鉄製の棚。
そこまで広くはない部屋のようだ。
どこかのビルの物置部屋か……?
多分、さっき俺を殴ったやつがここに連れてきたんだろう。
とりあえず、スマホで連絡を……確かズボンのポケットに入れていた。
しかし、俺は違和感に気づいた。
自分の両手足が縛られていたのだ。
おい……マジかよ……。
どうやら俺は暗い部屋に手足を拘束され閉じ込められたらしい。
小説の中でよくあるシーンが現実になるなんて、思いもしなかった。
一瞬絶望的な気持ちになる。夜の暗闇以上の闇が俺を襲う。
しかし、今は外部と連絡を取らないと。
俺は体を這わせながらズボンを棚に引っかけ、スマホをポケットから出した。なんとか、スマホの画面を立ち上げて通話画面に移行した。普段なら数十秒でできる動作を完了させるのに五分以上かかっている。
焦る気持ちを何とかこらえながら、顎でスマホを操作した。
とりあえず、千葉部長に電話をかける。頼む……出てくれっ!
【もしもし、
部長が出た。とりあえず、俺は言い出しにくかったが、何とか口に出す。
「部長……俺……その、捕まったみたいです」
【は? マジか……。何があったんだ】
「わかりません……とりあえず、SENN《セン》に地図のスクショ流します」
【ああ、頼む】
俺はなんとか地図アプリBEEGLE MAPを立ち上げて、今の場所をスクショしようとした。手足が縛られていたため、かなり手間取った。
しかし、その時間経過が隙を生み出していた。
いきなり、ドアノブが回される音が耳に響く。
心臓の拍動が早くなる。
【おい、どうした? おい!】
画面越しから聞こえる千葉部長の声がするが、俺の耳には入らなかった。
ドアが開く。
目の前にサングラスをかけ、マスクを着用した身長が二メートル近くもあるガタイの良い男が出てきた。
「おい、何をしている」
「……」
思わず、目の前の男の迫力に動けなくなった。
男は俺の隣で光っているスマホに目をやると、
「……まさか、外と連絡を取ろうとしていたのか」
男はスマホを拾い上げると、俺の目の前で強く叩きつけた。スマホの画面にひびが入り、光が消えた。
俺はただ
そして、状況を察すると恐怖の波が一気に俺に押し寄せた。
「勝手なことをしやがって。お嬢様から贈り物だ」
男はおれに紙を投げつけた。それは、カラー印刷された写真であった。
その写真を見て、俺はもう動けなくなっていた。
一瞬、心臓が止まるかと思った。
暗い部屋で茶髪の鮮やかな髪を振り乱し、横たわる彼女。
藤安さんが……拘束されていたのだ。
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