向日葵の要塞
てるま@五分で読書発売中
里中京子という女
第1話
田舎。
今年小学五年生になったばかりの
満の通う松木小学校五年一組の教室の窓から見える景色は、殺風景な校庭、そしてその周囲には見渡す限りの田んぼと、数えられる程の民家、更にその先には町を取り囲むように聳える山並みだ。
生まれた時からこの町に住んでいる満は、この町が田舎である事を特別不便に感じてはいなかったが、時々母親の車で山一つ越えた所にある市街地へと買い物へ出かけると、自分の住んでいる町が田舎である事をつくづく実感する。市街地には大きな道路が走り、見渡す限り様々な店があるのに、満の住む町に店と呼べるものは、コンビニ、ドラッグストア、小さなスーパーマーケットが一軒ずつ、そして床屋と飲食店がいくつかあるだけだからだ。
更には大きな建物と呼べるものは、学校、役場、団地くらいしかない。それらも市街地に建つ大型ショッピングモールと比べたら、その立体駐車場にすら劣る大きさである。
松木町よりも田舎と呼べる土地は、探せば日本にあちこちあるのだろうが、多くの人にとっては満の住むこの町は間違いなく田舎のはずだ。
満は窓の外から意識を戻し、手にした黒板消しで黒板の右端に書かれた前日の日付と日直の名前を消すと、チョークで今日の日付と自分の名前を書き入れた。そして粉のついた手を払い、教室の窓側にある自分の席へと戻る。そして再び窓の外へと目を向ける。
松木小学校では、高学年である五・六年生は最上階である三階の教室が割り当てられる。満が四年生から五年生に上がる時に、教室が二階から三階へと上がったが、窓から見える景色にさほど変化は無かった。ただなんとなく、この町の住人は遠くに見える山々に閉じ込められているのではないだろうかという感覚が少しだけ強くなった。
教室の後ろからはクラスメイトの男子達が格闘ごっこに精を出している声が聞こえてくる。昨日テレビで格闘技をやっていた影響なのかもしれない。女子達はそれを冷ややかな目で見つつも、教室のあちこちに散らばって何やら雑談をしていた。
満が黒板の上にある時計に目をやると、針が丁度八時二十分を指すところであった。長針がピクリと動き、4を指した瞬間、教室内のスピーカーからチャイムの音が響き渡る。
すると、先程まで和気藹々としていた教室の空気が一瞬にして張り詰め、教室内に点在していた生徒達は、ネズミのような素早さで机の間をすり抜け、自らの席に着席して背筋を伸ばした。
沈黙が支配した教室に、チャイムの音だけが響き続ける。そしてチャイムが鳴り止むと、廊下の奥からキュッキュッというスニーカーの底が床を踏む音が聞こえてきた。
それは満が、いや、教室内の生徒達が最も恐れている人物の来訪を知らせる音であった。
ガラリ
音を立てて教室前方の扉が開き、その人物が姿を現わす。毛玉だらけのジャージと履き古したスニーカーを身に付け、痩せていて神経質そうな顔をした中年の女教師、それが満達の恐れる五年一組の担任教師、里中京子という人物であった。
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