第17話

 満達が教室に着くと、先に松村と西之原が登校しており、後から真瀬田と市原が登校してきた。六人は一度だけ目配せをしたが、それ以降は極力普段通りに振る舞った。


 やがて朝のチャイムが鳴り、いつも通り不機嫌そうな様子の里中が教室に姿を現わす。しかし朝礼では何も起こらず、一時間目、二時間目続けての算数の授業中も何事も起こらなかった。


 事が起こったのは三時間目の授業が始まった時だ。

 授業開始の挨拶が終わり、里中が授業を開始しようとした時である。教室の中央に座る二ノ宮という気の弱い女子生徒がおずおずと手を挙げた。


「何? 二ノ宮さん」

「先生、すいません。教科書忘れました……」

 二ノ宮がそう告げると、里中は一言「ふーん」と言い、まるで何も聞かなかったかのように授業を始める。二ノ宮は最初はオロオロしていたが、やがて黙って教科書無しで授業を受け始めた。


 その数分後の事である。


「じゃあ、二ノ宮さん。二十五ページの最初から音読して」

「……え?」

 なんと里中は、先程教科書を忘れたと告げた二ノ宮に音読の指名をしたのだ。


「あの、先生、私、教科書が……」

「教科書なんて必要無いから持って来なかったんでしょう? 休み時間に他のクラスから借りてくる事もできたのにしなかったんでしょう?」


 満は二ノ宮には悪いが、これはチャンスだと思った。いつも通りであればここから里中のヒステリーが始まるはずだ。


「その……私、忘れてる事に気付かなくて……」

「いいから読んで、教科書なんて丸暗記してるから必要無いんでしょう? わー、二ノ宮さんすごーい。みんな二ノ宮さんに拍手ー!」

「いえ、私……すいません……」

「すいませんじゃなくて早く読めよ、あんたのせいで授業止まってんのよ。ほら、早く。ほら!!」


 満は気付かれぬように、サイレントモードにして机の中に入れていた携帯を開く。そして記憶を頼りに指を動かし、カメラを起動した。


「すいません……すいません……」

「いいから立てよ! ほら!」

 震えながらただすいませんを連呼する二ノ宮を里中は立ち上がらせる。すると隣に座る佐々木が二ノ宮に教科書を差し出した。


「余計な事をするな!! 二ノ宮は教科書なんていらねぇんだよ!! ねぇ、二ノ宮!? そうでしょう!?」

「すいません……本当にすいません……」

「すいませんじゃなくて読めって言ってんだよ!!」

 里中が教壇を下りて二ノ宮へと詰め寄る。

 満は好機を逃さぬよう、携帯を素早く机から取り出そうとしてピタリと手を止めた。そして携帯の電源を切り、机の奥へとしまう。


 その授業中、二ノ宮は里中に泣かされ、満が携帯を机から取り出す事はなかった。

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