第18話

「みっちゃん! 三時間目のアレ撮れたか!?」

 その日の昼休み、満達六人は人気の無い特別教室棟の一階にある理科室にいた。理科室は常にカーテンが閉められており、昼休みにここに来る生徒はまずいないので、内密の話をするにはうってつけの場所だ。興奮した様子の敷島とは違い、満は浮かない顔をして首を横に振る。


「マジかよ! 超チャンスだったじゃん! なんでだよ!?」

「りゅうちゃん、ちょっと声抑えて」

 興奮した敷島を西之原が嗜める。


「でもさ、りゅうちゃんの言う通りだよ。みっちゃんの席から撮りやすそうな場所だったしさ」

 そう言ったのは松村だ。

 満はため息をつき、ポツリと呟いた。


「犬がいた」

「「犬?」」

 その言葉に皆が首を傾げる。


「僕の後ろ、矢上さんなんだ」

 そこまで聞いて、松村を除く五人は満が言いたい事に気付いたようだ。


「え? 矢上さんがどうしたの?」

「バカ、あいつ里中の犬だろ」

「だから何?」

「だーかーらー、あいつに見られたら百パーチクられるって事だよ。んで、みっちゃんの席から矢上に見られずに撮るのは無理って事」

 敷島の懇切丁寧な説明により、松村もようやく気付いたようだ。


「あー! そりゃ無理だ」

 授業中に携帯のカメラで隠し撮りを行う場合、どうしても携帯を机から出さねばならない。撮影対象である里中が満に背を向けていたとしても、背後に座る矢上に見られずに里中を撮影する事は不可能なのだ。


「ねぇ、私一応音声だけは録音できたけど」

 真瀬田はそう言ってポケットからスマホを取り出す。そしてレコーダーを再生すると、確かに里中が二ノ宮をいびる音声が録音されていた。


「これをCDか何かに焼いて教育委員会に送るんじゃダメなの?」

「いけそうじゃね? 結構酷いぜこれ」

 真瀬田と敷島はいけそうだと判断しているようだが、西之原は腕を組んで険しい顔をしており、市原も困ったような表情を浮かべている。


「ババ先を学校から追い出すんだぞ? まだ弱いんじゃないか?」

「私もそう思うな……」

「髪を掴むとか蹴るとか、明らかな暴力を撮らないと教育委員会も動いてくれないだろうし、ネットに流しても炎上しないと思う」

「そ、それに、もし動いてくれたとしても、軽い注意だけで済んだら絶対犯人探しされるよ」

 二人の反論に敷島と真瀬田も険しい表情になった。


「いや、でも注意だけでも意味があるんじゃないか? もし里中が上から注意を受けてもこれまでと変わらなかったら、何回でも証拠取って送れば大事になるだろ」

「だけど、もしあいつがやり方を変えてきたらどうする?」

「やり方?」

「あいつが表立った生徒いびりをやめて、裏でもっとエグい事始めるんじゃないかって事だよ」

 里中はクズではあるがバカではない事を、皆は気付いていた。そして上からの注意があろうとも、手段を変えて生徒いびりを止めないであろう事も。


「市原と俺は来年中学受験する予定だけど、もしあいつが内申書に好き勝手書いたりしたらどうする? それこそ防ぎようがないぞ。しょっちゅう荷物の抜き打ち検査とかやるようになったら、俺達のせいでみんなに逆に迷惑かける事になる。確実にあいつを学校から追い出す方法を考えないと」

「そんなのタラレバだろ。ビビってたら何もできないぞ」

「ビビってるんじゃない。もっと慎重に動こうって言ってるだけだ。あいつを早くどうにかしたい気持ちはわかるけど、焦ってミスる方がヤバいだろ」

「お前に俺の気持ちがわかるかよ! 俺はみんなの前であいつに家族までバカにされたんだぞ! 親父の事まで! それにあいつが来てから一番いびられてるのは俺だ!」

「それはお前が不真面目であいつにいびらせる隙を作るから……」


「はい! ストーップ!」


 二人の論争が盛り上がり、喧嘩になりかけた所で、割って入ったのは松村であった。


「もー、りゅうちゃんもニッシーも喧嘩しないの。まっちゃん泣いちゃうわよ」

 突如オカマ喋りでクネクネとふざけた動きをし始めた松村に、敷島も西之原も急激に気持ちがクールダウンしたようだ。松村は勉強もスポーツもできる方ではないが、場を和ませる力がある。


「とにかくババ先にも犬にもバレずに映像が撮れたらいいんでしょう? みっちゃん。明日までその携帯貸して」

 松村はそう言って満の手から携帯を受け取る。


「おい、まっちゃんそれどうする気だよ?」

 敷島の問いに、松村は下手くそなウインクで答えた。


「アタシにまーかせなさーい」

 五人は嫌な予感しかしなかったが、他に何も思い浮かばなかったのでその場は解散する事となった。


 理科室を出る時、六人は気付いていなかった。

 理科室の窓、カーテンの隙間から二つの眼球が六人を覗いていた事に。

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