第40話
皆が奇声をあげながら自由の訪れを歓喜する中、勇気を振り絞りクラスメイト達の心を力技で動かした西之原の元に、満、松村、矢上が集まる。西之原は未だ溢れる涙を拭いながら、叫び続けたせいか嗚咽のせいか、ぜひぜひと荒い呼吸を吐いていた。
そんな西之原の背中を満がさすっていると、松村が正面から西之原に抱きついた。
「ニッシーすげぇよ! マジ俺泣きそうだったよ! 感動した!」
そう言った松村の目にも涙が溜まっており、今にも溢れ出しそうであった。熱烈なハグをする二人に満が面食らっていると、ふと矢上と目が合った。矢上は肩をすくめ、一言「よかった」と言うと、満に右手を差し出す。満がその手を取ると、矢上は思ったよりも強い力で握り返してくる。
矢上の細く小さなその手は僅かに震えていた。
普段は割と冷ややかな振る舞いをしている矢上も、この数日間、いや、里中がこの学校に現れてからずっと様々な事を思っていたのであろう。もしかすれば、里中を裏切るという行為をした矢上こそが一番里中を恐れ、一番里中打倒を望んでいたのかもしれない。
はにかみながら見つめ合う満と矢上を、鼻水を垂らした西之原と松村がハグに巻き込む。四人は恥ずかしげもなく互いの背を叩いた。肩を抱き合う四人の元に、数人のクラスメイト達が集まってくる。そして西之原の勇気と、満達が進めていた里中への反抗を皆で讃えた。
今日の事で、明日から里中は大人しくなるか、はたまた更なるヒステリーを皆にぶつけてくるかもしれない。しかし、クラスが一丸となった今、それも大して怖くはないだろう。約三ヶ月ぶりに普通の学校生活が戻って来たのだと、満はそう思った。
ガタン
突如、教室の前方で大きな音が聞こえ、満達は振り返る。
するとそこには楠原という女子を先頭に、市原を含む大島達「犬」を取り囲む女子の一団がいた。
楠原に突き飛ばされたのか、大島は床に尻餅をつき、楠原を睨みつけている。
「あんた達、今まで好き勝手にやってくれたよね」
楠原はそう言って大島の脛を上履きで小突いた。
「痛っ……」
「痛っじゃねぇよ。お前らのチクりのせいでこちらがこれまでどれだけ迷惑かけたと思ってんだよ。あぁ?」
楠原の言葉に賛同するように、女子達は次々と犬達を小突き始める。それを見て男子の一部まで「やれ! やれ!」とヤジを飛ばし始めた。
「お前のチクりのせいで私携帯没収されたんだけど」
「クラスメイト売って里中に媚売るとかマジクズだよね」
「市原お前西之原達裏切ったんだろ。最低」
女子達に小突き回され、犬達はあっという間に床に転がされ、上履きの跡に塗れる。更には一人の女子が犬達にゴミ箱の中身までぶちまけた。
西之原は自分達を取り囲むクラスメイト達を掻き分け、楠原を止めに入る。満、松村、矢上もその後に続いた。
「楠原さん待って! 落ち着いて!」
西之原に暴行を制止され、楠原は不機嫌そうに振り返る。
「……何?」
「何じゃないよ! やめろよそんな事!」
「あんたには関係ないでしょ?」
「関係あるよ! 言っただろ、悪いのは全部里中だって。大島達も里中が怖くてやってただけなんだよ。なぁ?」
西之原の問いに大島達は俯いたまま答えなかった。
「でも里中が怖いからってクラスメイト売るとかマジクズじゃん。別にチクりとかしないで里中の言う事大人しく聞いとけば良かったんだしさ」
「そりゃそうかもしれないけど、だからって……」
「とにかく、私達は個人的な恨み晴らしてるだけだから、あんた達には関係ないの。消えて」
そこにカッとなった矢上が割って入る。
「ちょっと! 西之原君にそんな言い方ないでしょう!? 西之原君のおかげで里中を追い出せたのに!」
「それはそれじゃん。何? じゃあ私達はこれから西之原の言う事なんでも聞かなきゃいけないわけ?」
「そんな事言ってないでしょ!?」
「ていうかさ、あんたも犬だったよね? 何? 里中裏切って急に西之原達の側についてさ。体差し出して取り入ったわけ? 西之原くぅ〜んて」
一部の生徒は楠原の発言を理解していないようだったが、その小学生にしては過激な発言に、一部の生徒は囃し立てながら下卑た笑みを浮かべた。
「ふざけんな! あんた敷島君達が声掛けた時にめんどくさがってたくせに!」
矢上の言う通り、楠原は敷島達が皆を仲間に引き込もうと尽力していた時「私を巻き込まないで」と言って協力しようとしなかった連中の一人だ。
今にも掴みかかりそうな矢上を西之原が肩を掴んで止める。
「待って! せっかく里中に一矢報いたのに、クラスメイトでこれ以上揉めても仕方ないよ。楠原さんもさ、今日だけ俺の顔を立ててくれないかな。もうとやかく言わないから、今日だけは頼むよ」
西之原がそう言って頭を下げると、楠原達は顔を見合わせて頷く。そして大島達に向かって「明日から覚悟しとけよ」と言い残すと、荷物を纏めて教室から去って行った。
満は大島達と共に床に転がっていた市原に手を貸して助け起す。すると市原は一言「ごめん」と呟き、一人教室を出て行った。
先程までの興奮はどこへやら、教室には不穏な空気だけが残された。
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