第41話

 その後、満、西之原、松村の三人は、学校を出て通学路を並んで歩いていた。矢上は家が逆方向のため、学校の前で別れたために今はいない。


「案外あっさりうまくいったね。ニッシーのおかげで」

 松村の言葉に頷きつつ、満はいくつかの不安を抱いていた。それは西之原も同じのようだ。


「でも、まだ気は抜けないよ。ババ先の仕返しがあるかもしれないし、大島達と楠原達の問題もある。楠原達があんな態度だと、里中が復活した時に大島達はまた里中側につくだろうし、楠原達が大島達に報復するのも良くないと思う」


 満達は里中を倒す事ばかりに気を取られており、その後何が起こるのかを全く考えていなかった。里中さえ倒せれば、また去年と同じような平和な学校生活が戻ってくると思っていた。しかし、事はそう単純ではないようだ。里中が五年一組にもたらした歪みは大きかった。


「え〜、大島達の事はもういいじゃん。自業自得なんだしさぁ。それよりもうすぐ夏休みだよ。もっと楽しい事考えようよ!」

 気がつくと、六月は過ぎ去り七月に入っていた。という事は、夏休みまであと一月もないという事だ。

 里中の事も大島達の事も気にはなるが、小学生である彼らが「夏休み」という言葉に胸を高鳴らせないはずもなく、三人の脳裏から里中の事は水に溶ける塩の如く消えてゆく。


「僕、もうすぐ誕生日だから新しいゲーム買ってもらうんだ! みんなでやろうよ!」

「そっか、まっちゃん七月か! 対戦できるやつ買って貰ってよ! みっちゃんもやろうよ!」


 満は去年の夏休み、宿題に悪戦苦闘しながらも、毎日のように好きなだけ本を読み、暗くなるまで敷島達と近所の山や川に行ったり、ゲームやカードで遊び回った。今年もまたそんな夏休みを送りたい。そんな風に思っていた。


 去年も嗅いだ夏休み特有の「香り」が満の脳裏に蘇ってくる。

 土と草、風、木々の匂い。汗、喉を通るジュースの美味さと喉を抜ける冷ややかさ、駄菓子の味。夕暮れが訪れて帰る時間が来ても、また楽しい明日が来るのだから名残惜しくない無敵のような感覚。

 思い出すほど背中がムズムズとして来るのを感じる。


 更に満はこんな事も考えた。

 もしかしたら、保志香と頻繁に資料館で会えるのではないかと。

 保志香は学校に行ってない分、週に何度も資料館に行っていると言っていた。毎日のように保志香に会える日々を想像すると、満の胸は更に高鳴る。

 女の子に会うためにどこかに通うなどスケベな事だと思う気持ちはあったし、敷島達に知られたらきっとからかわれるだろうと思ったが、それでも満の心は保志香に惹かれていた。

 満がそれを知るにはまだ早い年頃かもしれない。しかし、一緒にいるだけで走り出したくなるような感覚が何であるかは、本で数多の男女を見てきた満には理解できていた。


「みっちゃん?」

 ボーっとしていた満の顔を急に松村が覗き込み、満はビクリと肩を震わす。


「みっちゃんなんか顔赤い〜! エロい事考えてたんだ〜!」

「ち、違うよ!」

 それから満は松村と西之原に囃し立てられながら、帰った。それは満にとって久しぶりの、子供らしい下校であった。

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