第52話
その後、楠原達と満達を含む生徒達は矢上の剣幕によって教室から追い出され、廊下に出た楠原達は西之原の激しい抗議を無視して帰って行った。もし楠原がその場に残っていれば、大島達の着替えが終わった後に矢上に殴られていた事は間違いないだろう。西之原も松村もそれを止めはしなかったはずだ。
しばらくすると、大島達の着替えが終わったのか矢上が廊下に顔を出す。
「私達、教室片付けてから帰るから、先帰ってて」
そう言った矢上に西之原は「手伝うよ」と言ったが、矢上の険しい表情から大島達の気持ちを察したのか、すぐに「いや、わかった」と訂正した。
満達は昨日と同じように三人で通学路を歩く。
しかしその心境は夏休みを待ちわびて浮かれていた昨日と違い、沼のようにドロついていた。
そんな中、松村が呟く。
「僕、母ちゃん以外の女の裸見たの初めてかも」
すると西之原が珍しく松村の頭を軽く叩いた。
「バカ! そこじゃないだろ」
「わかってるよぉ……でも見ちゃったんだからしょうがないじゃん」
「まさか楠原があそこまでやるとはなぁ。あいつババ先よりよっぽど危ないヤツじゃないか?」
それについては満も同感であった。
無理矢理裸の写真を撮って脅迫するなんて、普通は思いついても実行しない。いや、並みの神経でそれができるはずがない。机に落書きしたり陰口を叩くのとはわけが違う明らかな犯罪行為だ。いくら大島達に恨みがあるとはいえ、相手はクラスメイトなのだ。
「あのさ、もしかして僕が罰ゲームとか言い出したからこうなっちゃったのかな……?」
「いや、それ言い出したら俺達が里中をやっつけちゃったからって事になるだろ。悪いのは元凶の里中と、あと楠原達もおかしいし、正直大島達にも悪い所はあるよ」
満はそれを聞いて考えた。
自分がどこまで遡れば、今日の楠原の凶行を止められただろうかと。
大島と楠原を話し合わせるという提案をしなければ良かったのか、市原がスパイだという事に気付き盗撮作戦を成功させておけば良かったのか、それともあの日、里中を刺そうとした敷島を止めなければ良かったのか。
満にはその答えを出す事はできず、答えが出せたとしても起こった事はもう取り返しはつかない。
明日から大島達がどうするのか。楠原達はあれで本当に大島達を許したのか。そして里中が学校に出てきたら何が起こるのか。今はただ、満の胸には不安しか無かった。「希望」が見えないのだ。
敷島と握手を交わしたあの日、満の脳裏には里中がいなくなった教室で楽しく過ごすクラスメイト達の姿が映っていた。しかし今はどうだろうか。そんなビジョンは全く浮かんでこない。少なくとも救うべきクラスメイトである大島達が楽しく登校できる日はもう来ないであろう。大島達は明日から毎日楠原の脅迫に怯えて生きてゆく事になるのだ。それはもう、満の描いていた理想とは大きく食い違っている。
これからクラスのために自分が何をできるのか。
いっそ何もせずに、あとはただ流れに身を任せた方がいいのか。
短い通学路の間に、満にはその答えを出す事はできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます