第51話

「大島達にはねぇ」


 もったいぶりながらニヤニヤと笑みを浮かべる楠原と、その取り巻きや野次馬達の様子に、大島も嫌な予感がするのか僅かに身を竦ませている。満も楠原の考えた「罰ゲーム」がデコピンやシッペで済むとは思えなかった。下手をすればリンチよりも酷い罰を受けさせられる可能性もある。


「撮影会に参加してもらいまーす」


 撮影会。

 その突拍子のない言葉に、満は思わず「は?」と声をあげてしまった。満だけでなく、西之原も大島も眉を顰めて小さく口を開けている。


「何それ?」

 西之原が聞き返した瞬間、楠原の背後にいた取り巻きの男子達が一斉に動いた。彼らは満達を掴むと、数にものを言わせて教室の外に引きずり出す。そして満達と男子全員が廊下に出ると、教室の中に残った女子達がドアを閉めた。


「おい! なんなんだよ! 何するんだよ!」

 男子達を振りほどいた西之原がドアに取り付くが、中で誰かが押さえているのか開かない。すると、教室内から机や椅子が倒れる音と、大島達の悲鳴が聞こえてきた。


「やめて!! 放して!!」


 満の嫌な予感は的中した。

 中で大島達が何をされているのかはわからないが、大島達の悲鳴と暴れるような物音が、尋常ではない事が起こっている事を知らせている。


「先生達呼んでくる!」

 そう言って走り出そうとした西之原を、ガタイの良い男子達が取り囲み、取り押さえた。いくら体力のある西之原でも、数人に組み付かれては手も足も出ない。線の細い満は高山という肥満体の男子に押さえ込まれ、身動きすらままならなかった。矢上も松村も同じような状態である。


 満達は大島達の悲鳴を聞きながら、ただがむしゃらにもがき続ける事しかできなかった。


 そして、どれほどの時間が過ぎたであろうか。満の体感では十分程だったかもしれない。

 不意に、教室内の物音が止んだ。


 それからしばらくして、男子達は満達を解放する。暴れ過ぎてふらふらになった西之原が再びドアに取り付くと、今度は何の抵抗もなくあっさりと開いた。


 西之原が開けたドアの向こうに、いつもの無機質な教室の風景は無かった。


 乱雑に倒れた椅子や机、床には教科書やプリント類が散らばり、その中にはスカートやシャツ、更には下着のようなものまでが混じっている。


 そして教室の隅には泣きながら全裸でうずくまる大島達と、その前にしゃがみこみ、スマホを構えている楠原達がいた。


「あー、西之原君のエッチー。大島さん達のために閉めてたのに、西之原君のせいで男子に見られちゃったー」

 ドアの前にいた西田がそう言ったが、その言葉は満の耳に全く入ってこなかった。


 満は以前図書室の本で、仏教か何かの古い地獄の絵を見た事がある。今満の目に映る光景は、まるであの時見た絵を見ているようであった。


「何してるんだよ……」

 そう呟いた西之原を楠原は振り返り、パシャリと一枚写真を撮る。そして言った。


「あのね、私クラスのために考えたんだ。大島達がまた里中に寝返ったらイヤでしょ? だからこうすれば大島達も私達を裏切れないじゃん。罰ゲームにもなって一石二鳥? なんてね」


 満は知らなかった。

 そのような思考をし、そして実行するような人間と今まで同じ教室で授業を受けていた事を。それは里中と初めて会ったあの入学式よりも大きな衝撃であった。


「大島、わかる? あんた達がもし裏切ったらこの写真に住所と本名付きでネットにばら撒くからね」

 楠原の言葉に大島達は返事をしなかった。

 ただ自らの裸体を隠すために、寄り添い合い、小さく小さく丸まっていた。そのまま縮んで、自らが消えて無くなる事を願うかのように。

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