第50話
真瀬田や敷島のようなクラス内で力を持つ者がこの場にいればこの空気を変えられたのかもしれないが、皆が大島達へ抱くフラストレーションを味方につけた楠原は強い。感情を露わにせずともクラスメイトを完全に味方につけており、里中撃退に尽力した満達がまるで悪役のような空気感である。
空気感。
それは時として事実や正義よりも力を持つ事がある。そして子供とはそれに異常な程大きく影響を受けるものだ。里中が恐怖でクラスを支配していたとするならば、楠原は今空気感によってクラスを支配していた。
すると、今まで何も言わずにオロオロとしていた松村が、明らかに無理をしている明るい口調で言った。
「じ、じゃあさ、みんなはどうしたら大島さん達を許せる? まぁ、僕も正直大島さん達にムカつく気持ちは分かるけど、でもやっぱ暴力とか良くないよ。同じクラスメイトなんだし、ここは穏便にさ、なんか罰ゲームとかで許してあげようよ……ね?」
「はぁ? 罰ゲーム?」
この場にそぐわない「罰ゲーム」というワードに数人がクスリと笑った。松村は成績は良くないが、暗い雰囲気を明るくする力を持っている。それが今うまく作用したようだ。
松村の提案に、クラスメイト達は大島達にどんな罰ゲームをやらせようかとボソボソと相談を始める。楠原もその提案を鼻で笑いつつ、後ろにいた取り巻き達と何やら相談を始めた。
「何? 罰ゲームって。何で私達がそんな事しなきゃいけないの……」
「まぁ、でもこれで済むならいいじゃん。ね? これもクラス平和の為だと思ってさ」
大島は松村を睨みつけたが、松村はただ大島に手を合わせてペコペコと頭を下げる。
大島としては自分達が罰ゲームをやらされるのは不本意であろう。彼女達は彼女達で考えがあって行動していたのだから。しかし、この場が罰ゲーム一つで収まるというのがどれだけの僥倖であるのか彼女達も理解していた。いや、この場だけではない。罰ゲームを受けるという事は、皆の前ではっきりとした「贖罪」を果たしたという事にもなる。そうすれば楠原達も今後は大島達に表立って手を出せないはずだ。
すると、しばらく話し合っていた楠原達がクスクスと笑い始めた。大島は側にいた西田に耳打ちをし、西田はまた他の生徒に耳打ちをする。耳打ちは次々と連鎖し、その度にクスクスという笑い声が広まっていった。そしてその笑い声は、例によって嫌な予感として満の胸に蔓延してゆく。
満はかつて笑い声というものにここまで嫌なものを感じた事は無かった。笑いとは本来良いものであるはずなのに、クラスメイト達から聞こえてくる笑い声は粘り気を持っており、満の耳に絡みつく。大島達もまた、嫌な予感を感じているのか表情を強張らせていた。
教室内が笑い声で満たされた頃、楠原がバラエティ番組の司会者のような声で言った。
「じゃあ、犬の皆さんに受けてもらう罰ゲームを発表しまーす」
満は楠原の目に、何か穢らわしいものを見たような気がした。
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