第5話
四年生までは普通に学校に通っていたのに、五年生になり里中が担任になってから、満の学校生活は一気に憂鬱なものへと変わった。
その転機となったのはあの日、前年度末に退職した道下という年配の男性教師の代わりに、新年度に里中が松下小学校へ赴任してきたあの始業式の日だ。
あの日、不安と期待を胸に登校した満は、昇降口近くに張り出されたクラス分けの結果に一喜一憂しながら五年一組の教室がある三階までの階段を上った。二階から三階へと上がる時、満は上級生になった事を実感し、照れくさいような、誇らしいようなそんな気持ちを抱いた。
五年一組の教室に入り、出席番号順に割り当てられた自分の席に着いた満は、去年も同じクラスだった松村や敷島と談笑しながら、新しい担任が誰かという話をしていた。するとそこに、教頭である堂島が現れ、始業式が始まるので全員体育館へ来るようにと告げた。
これまでであれば、新しい担任が教室に迎えに来るのが恒例であったために、満達は疑問を抱きながら体育館へと向かう。そして教頭の指示通りに身長順に並ぶと、始業式の開始を待つ。
その時、満の目に見知らぬ女性の姿が映った。
ピッシリとした紺のスーツに身を包んだ、痩せた中年女性。教師達の列に並ぶその女性は、きっと新しく赴任してきた先生だと満にはわかった。そしてそれが来年自分達の担任になるであろう事も。教頭が教室まで迎えに来たという事はきっとそういう事である。
ただ、その顔からは厳しそうな印象受け、満はあまりいい予感はしなかった。
始業式が始まり、全く頭に入って来ない校長の雑草のような話が終わる。あれこれと連絡事項があった後、進行をしていた教頭が言った。
「それでは、ここで我が校に新しく赴任して来た先生を紹介します。里中先生、どうぞ上へ」
すると予想通り、先程満が見ていた女性が教師達に会釈をしながら舞台上へと上がる。そして教頭からマイクを受け取り舞台中央に立つと、生徒達をゆっくりと見渡し、わざとらしく深呼吸をしてから開口一番にこう言った。
「みんな、元気!?」
その顔は健康食品のCMに出てきそうな満面の笑みである。突然の問い掛けに生徒達が戸惑っていると、里中は更に言葉を続ける。
「私は今日からこの松木小学校の先生になる里中京子って言います。これからみんなと沢山勉強して、沢山遊んで、沢山の思い出を作っていきたいと思っています」
見た目の印象とは違い、明るく話す里中の声を聞いて、それまでどこか緊張していた様子の生徒達の空気が一気に柔らかくなった。
「でもその為には、私もみんなもちゃんと学校のルールを守らなきゃいけないし、私は先生としてみんなを注意したり、厳しい事を言わなくちゃいけない事もあります。でもそれは先生がみんなが大好きだから、みんなが怪我したり困ったりしないようにする事なんです。だから私に怒られても、落ち込んだり怖がったりしないで、悩みや相談があれば先生の胸にドーンと飛び込んで来てください。それでは改めて、今日からよろしくお願いします!」
里中と名乗った女性が頭を下げると、生徒達から多くの拍手が湧いた。しかし、皆に習って拍手を送る満の拍手はどこか鈍い。
里中が話している間、満はずっとこう感じていた。
里中の話には「心」が無いと。
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