第4話
着替えを終えた満が校庭に出ると、すぐに四時間目開始のチャイムが鳴った。
体育の時間は本来小学生が最も楽しみにしている授業のはずなのだが、満達にとっては必ずしもそうとは言えない。その日何をするかは里中の機嫌次第だからだ。
運が良ければサッカーやドッヂボールをして楽しく過ごす事ができるのだが、里中の機嫌が悪ければマラソンと称して授業の間延々と校庭を走らされる事もある。
今朝ヒステリーを起こしたから今は落ち着いているか、それとも機嫌が悪いままか。それ次第で今日の体育が天国か地獄かが決まる。満達は祈るような思いで朝礼台の前へ整列する。里中に怯え、一言も無駄口を叩かずに整列するその姿は、皮肉にも松木小のどの学年、どのクラスよりも整然とした整列であった。
全体朝礼などでも見られるこの整列によって、生徒達を落ち着かせる事に骨を折っている他の教師達は里中に一目置いている。だから里中が明らかに行き過ぎた指導をしていても他の教師達からはあまり批判の声が上がらないのだ。側から見れば五年一組の姿は、里中が指導する軍隊のように見えていたのかもしれない。
数分遅れで里中が校庭に姿を現し、授業が始まる。いつも通り挨拶をした満達は、体育係の掛け声で準備運動を始めた。この準備運動でも気を抜く事はできない。少しでもふざけたりダラダラとやっていれば里中の蹴りが飛んでくるからだ。
その蹴りは格闘家の放つ攻撃を目的とした蹴りとは違う。里中の蹴りは、まず相手の体に足裏を当て、全体重をかけて押し倒すのだ。痛みこそは弱いものの、大人の力で蹴り倒されて上から睨め付けられれば、大抵の子供は恐怖で萎縮し、大人には敵わないという事を思い知らされる。それは痛みを伴う暴力よりも暴力らしい暴力であった。
しかし、今日は運良く里中の機嫌が良かったのか、誰も「被害者」が出る事なく、その後も満達はドッヂボールに精を出す事ができた。それでも次の授業では里中のヒステリーが発症するかもしれない。そう思うと、満達が学校にいる間、気の休まる時間というものは存在しなかった。
給食の時間でさえもそうだ。
里中の前ではアレルギーのある者以外は、どんなに嫌いな物であろうとも決して残す事は許されない。給食の時間中に食べ切らない者は、昼休みになろうとも、五時間目が始まろうとも皿が下げられる事はない。
以前、吉村という男子生徒が嫌いな椎茸を他の生徒にこっそり食べて貰った事があった。それを見た里中は、給食の缶に残っていた椎茸を全て吉村の皿に盛り、それを食べ終えるまで席を立つなと命じた。
吉村は昼休みも五時間目も椎茸を前にして座り続け、六時間目の途中に「トイレに行かせてくれ」と里中に申し出た。しかし里中はそれを許さず、吉村は結局自分の席に座ったまま小便を漏らしてしまったのだ。里中はそれでも吉村に離席を許さず、小便で濡れた床をあえて女子達に掃除をさせた。
生徒達はいつも給食に嫌いな物が出ない事を祈っており、死ぬほど嫌いな物が出る時は仮病を使って学校を休むほどであった。
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