第6話
その後、教頭の口から案の定里中が五年一組の担任になる事が告げられた。満はあまり良い気はしなかったが、これまでもあまり好きでは無い先生が担任になった事もあったし、それでもなんとかやってくる事はできた。最初は嫌だと思っていた先生も、三学期になる頃には別れが寂しくなる事もあった。
だから満は「まぁ、仕方ないか」程度に思っていた。
しかし、その考えが甘かった事をすぐに痛感する事になる。
始業式が終わり、教室へと戻った満は今朝と同じように敷島達とワイワイ話をしていた。すると敷島が「おい、新しい先生にアレやろうぜ」と言い、黒板に置いてあった黒板消しを手に取ると、ゴシゴシとチョークを刷り込み始める。そして真っ白になった黒板消しを、教室前方にある引戸の上方に挟み込んだ。それは昔からある悪戯の一種で、黒板消しトラップというものだ。
敷島は去年も始業式の後にこのトラップを仕掛けた。ノリの良かった四年の頃の担任である逆瀬川は、稚拙でバレバレのトラップをわざと頭に喰らい、生徒達の笑いを取った。それによって、逆瀬川と生徒達の距離は一気に近くなったのだ。
そして敷島は今年もそうなる事を願っていたのかもしれない。それはわんぱくな敷島なりの歓迎であった。
敷島が黒板消しトラップを仕掛けるのを見て、女子達は「やめなよー」「かわいそうじゃん」と言っていたが、その顔は半笑いであった。彼女達も去年の敷島の行いと、その結果を見ていたからだ。
数分後、廊下からカツカツという靴音が響いてきて、それまで騒がしかった教室が急に静まり返る。そして五年一組全ての生徒達は、トラップのある教室のドアに注目した。
ガラリ
ドアが開かれ、黒板消しが落下する。
黒板消しは教室に入ろうとしていた里中の僅かに眼前を通過し、小さく白煙を上げて床に転がった。
「あ……」
ドアを開けたまま動かない里中を見て、敷島は小さく声をあげた。黒板消しは里中の頭には当たらなかったものの、クリーニングしたてであろう紺のスーツには胸元から腹にかけて大きく黒板消しの跡が付いていた。
「いえーい!!」
一瞬不穏な空気が流れたものの、敷島がその空気を変えるために無理矢理はしゃぎ声をあげる。満を含む他の生徒達も、去年のように爆笑とはいかなかったが、笑い声をあげた。
「先生ビックリしすぎ! もー、ちゃんと頭で受けなきゃダメじゃん! 笑いがなってないよー」
敷島は立ち尽くす里中に駆け寄り、スーツに付いた黒板消しの跡を手で払おうとした。
その時だ。
里中は敷島の腕を掴み、上に捻り上げたのだ。
敷島は満がこれまでに聞いた事もないような悲鳴をあげ、爪先立ちになる。里中は敷島の腕を捻り上げたまま聞いた。
「これアンタがやったの?」
しかし敷島は痛みのあまりにその問いに答えるどころではない。すると里中は敷島の耳に口を近付け、凄まじい大声で怒鳴った。
「アンタがやったのかって聞いてるの!! 日本語分かるか!? おい!!」
敷島が泣きそうになりながら何度も頷くと、里中はそこでようやく敷島の腕を放した。解放された敷島は痛みのあまりにその場にヘタリ込む。すると里中は黒板消しを拾い、敷島の前にしゃがみ込むと、敷島の胸倉を掴み黒板消しを顔面に押し付けた。
「んぐっ……ぶあっ!!」
嫌がる敷島に里中は化粧を施すかのようにバフバフと何度も黒板消しを押し付ける。
「ねぇ、あんたこんな事して楽しい? 楽しいの? 楽ちいでちゅかぁ? 楽ちいでちゅねぇ?」
その衝撃的な光景を、満達はただ口を開けて見ている事しか出来なかった。
その時満は知った。決して理解し合えないであろう人間がこの世に存在するという事を。
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