第7話

 それからは里中による支配の日々の始まりだった。


 里中がスーツを身に付けていたのも始業式と入学式だけで、後は大体小汚いジャージを着てきている。


 あの日から二ヶ月と少し、里中がなぜあんなにイかれているのか満には理解できなかったし、もしかしたら何か事情や目的があるのではないかと最初の数日は思った事もあったが、そんな事を考える余裕はすぐに無くなった。ただ自分に白羽の矢が立たぬようにと、それだけを考えるようになった。


 満は時々こう考える。いっそクラスの誰かが里中が原因で登校拒否になり、学校全体の問題になれば里中が担任から外されるのではないかと。


 しかし里中は上手い具合に相手の心が折れないギリギリまで痛ぶり、最後に僅かに優しい言葉をかける時もあるのだ。そのせいもあってか、登校拒否になる生徒はまだ現れていなかった。里中はある意味イジメの天才で、支配者としての才能があった。それは里中が計算してやっているのか、性格上本能的にやっているのかは満にはわからない。


 更に、松木町の「田舎」という性質上、登校拒否という行動は許され辛い。松木町では殆どの人間が知人や顔見知りで、噂というものがすぐに広がる。「◯◯さんの息子がどこの娘と付き合っている」とか、「◯◯さんの娘が出戻りした」とか、事が起こった数日後には町民全員が知っているのだ。登校拒否などになればその話も当然広がるであろう。


 それだけなら良いのだが、田舎の人間とは体面を強く気にする者が多い。普通であれば自らの子が学校に行きたくないと言えば、その原因を外部に探すものだが、松木町では「だらしがない」と言って叱責し、引きずってでも学校に連れて行くのが普通だ。そうせねば噂の的にされてしまうから。


 そして松木町には未だに「教師信仰」というものが残されている。昔の人特有の、「先生」と名のつく者には頭が上がらないという慣習だ。これにより、里中の悪業を子供達が大人に打ち明けても解決しようという者が中々現れないのだ。


 里中という人間と松木町の性質はガッチリと噛み合い、松木小学校五年一組の生徒達は、里中という狼と共に檻に放り込まれ、鍵をかけられた状態となっていた。


 時は現在に戻る。


 体育の授業も無事終わり、給食も皆残さずに食べ終える事ができた。午後の授業もつつがなく進み、今日の被害者は朝礼時の松村だけで終わるかと思われた。里中の被害者は運が良ければ一人も出ない日もあるし、複数人が泣かされる日もある。一人はまだ少ない方だ。


 しかし、事は帰りの会で起こった。

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