第8話
「はい、じゃあ他に何かある人」
連絡事項等を告げる帰りの会が終わりに差し掛かり、里中がそう言って教室を見渡した時だ。一人の女子生徒、クラス委員である大島がサッと手を挙げた。その瞬間、教室内に緊張感が走る。
挙手をした大島を見た里中は小さく頷き「はい、大島さん」と、掌で大島を指した。
大島は椅子から立ち上がると、ハキハキとしたよく通る事で話し始める。
「今日の昼休み、敷島君と西之原君が廊下を走っているところを見ました。みんな知っている通り、廊下を走るのは校則違反です。つまり敷島君と西之原君は校則違反を犯した事になります」
言葉を終えた大島は敷島を見下すような目でチラリと見ると、澄ました顔で着席する。敷島は小さく舌打ちし、顔を歪めた。
ここまでであれば、真面目な女子が不真面目な男子の違反を先生に言いつけるという、どこの学校でも良くある日常の一幕である。しかしここは普通のクラスではない。
このクラスの生徒は、本来であれば少しでも早く帰りの会を終わらせて、里中のいる学校から離れたいと思うはずなのに、なぜ大島は敷島達を告発したのか。それは大島が里中の「犬」であり、生贄を差し出して里中に気に入られるためだ。
クラスの中の幾人かは、里中から目を付けられぬように「犬」となっており、飼い慣らされ、更には自主的に里山への生贄を差し出すようになっていた。
「敷島君、西之原君、立ちなさい」
里中に名指しされ、敷島と西之原は口を一文字に結んで、大人しく立ち上がる。
「大島さんの言ったことは本当ですか?」
二人が言い淀んでいると、里中が苛立ったように教卓の前に出ようとした。それを見た二人は慌てて「本当です」と答える。それを聞いた里中はわざとらしくガッカリしたようなそぶりを見せ、大きな溜息をついた。
「はぁ、残念です。五年生にもなって廊下を走ってはいけないなんていう簡単なルールも守れない馬鹿がいるなんて本当に残念です。こんな馬鹿達と一緒のクラスにされてしまったみんなが本当に可哀想」
いつもの里中の罵倒が始まる。今日は怒鳴り散らすのではなく、ネチネチといびる気でいるようだ。気だるげであった里中が徐々にイキイキとしてきた。
「西之原君、あなたお母さんと一緒にお風呂入ってるでしょう?」
里中の問いに西之原はハッと顔を上げ、「入ってません!」と慌てて否定した。
「嘘ですね、廊下を走らないなんていう簡単なルールも守れない赤ちゃんが一人でお風呂に入れるわけがありません。赤ちゃんは一人でトイレもできません。西之原君はきっと家ではお母さんにオムツを替えてもらっています」
里中はおどけた口調で教室全体に聞こえるように言った。数名の生徒達からクスクスと笑い声が起こる。西之原は顔を赤くして反論した。
「違います! そんな事無いです!」
すると里中は突如豹変し、西之原に詰め寄る。
「じゃあなんで廊下を走った!? おい、あんた歩けるでしょう? 走らないと移動できないわけじゃないでしょう? えぇ!? なのに何で廊下を走るなって簡単なルールが守れないんで・す・か!?」
鬼の形相をした里中に間近まで迫られ、西之原は目を逸らそうとする。里中は両手で西之原の頭を掴み、無理矢理真っ直ぐに向けさせた。
「目をそらすな。ねぇ、何で廊下を走った?」
すると、それまで沈黙していた敷島が口を開く。
「先生! 俺が悪いんです。俺がめっちゃトイレ行きたくなって、ニッシーもトイレ行くって言うから、急げって急かしてしまったからなんです」
里中はゆっくりと敷島の方を向き、西之原の顔から手を放した。
「あぁ、そう。あんたのせいなの。あんたが西之原君にルール違反をさせたの」
「……そうです」
里中は今度は敷島に歩み寄り、ニヤリと頬を歪めた。そしてクラス全体に問いかける。
「はい皆さん、社会に出てから法律というルールを破った人はどうなるでしょうか?」
すると大島が間髪入れずに答える。
「はい! 警察に捕まります!」
「正解。その後はどうなりますか?」
「刑務所に入れられます!」
大島の答えに里中は満足そうに頷く。
「その通りです」
そして里中は敷島に顔を寄せてこう言った。
「あんたのお父さんみたいにね」
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